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□それはまるで物語。
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ドサッ
鈍い落下音が埃っぽい小さな部屋の中に響き渡る。今しがた、それを落とした張本人はやってしまったとばかりに顔を歪めると、鉄格子から慎重にその身を降ろした。
ここはフェアリーテイルのギルドから近い図書室。
あまり使われていないことから、通称物置小屋とも呼ばれているが、情報収集には持ってこいの場所だ。
管理人はおらず、少し埃っぽい空気が漂う。きっともう何年も掃除されていないのであろう。
しかし、窓から覗く微かな太陽の光や、全て木でできたテーブルやら椅子やらはそこの風情を微かに漂わせており、少なくともここを常連としている彼女、
ウェンディはこの空間にあふれでる雰囲気を好ましくも思っていた。
「うう、これはどこから落ちたんだろう...。」
もうここを使う人などあまりいないというのに、貸出番号を見てはもとの場所を探すという、お人好しにもほどがある行動を繰り返して嘆息をもらす。
もしここに翼を使える自分の相棒さえいてくれたら、きっと直ぐ様この本の居場所を探してくれるだろうに。
そこまで考えてはっとする。一匹のしっかりものの猫に、頼りっぱなしの甘えん坊の自分。
それを振り払うように慌てて首を降ると、
ウェンディはうっそうと目の前にそびえ立つ本棚を見上げた。
茶色い塗装が僅かに剥がれた本棚は大人一人分よりさらに大きく、子供である彼女は鉄格子を使わなければ
一番上に手が届かない。
ぶっちゃけいってしまえば高すぎるのだ。
「あぅう...」
はっきりいって、彼女は鉄格子を登るのはあまり好きではなかった。
好きな人の方が少ないのではという一般的な疑問を遥かに越えるほどに、彼女は鉄格子が嫌いだ。
それは背が小さいから。
という理由も勿論である。
しかし、それ以前に事は重要であった。
それは彼女が実際、
一度手を放してしまい、容赦なく地面に体を叩きつける。
という事件を既に体験済みであったからなのだ。
おまけに足をひねってしまうというオプションつきである。
そーっと、そーっと...
ゆっくりゆっくりと手足を動かす姿は自分のことながら酷く不格好であることは重々承知のうえだ。
自分しかいない空間に心底感謝する。
誰も見ていないという事を唯一の救いにしながら、ウェンディは慎重に体を動かした。
その時。
「あれ?
なんだ、誰も使ってないって思ってたんだが、
今日は先客がいんのか?」
低く響いたテノールの声にドキリと肩が跳ねあがる。
ひやりと、心臓が捕まれたかのような驚きを感じると同時、命綱である右手は既に空気を掴んでいた。
どすんっという盛大な落下音を響かせながら、ウェンディはひどく無様に尻餅をついた。
視界の端に写っていたのは驚いたような顔をした自分と同じギルドの黒髪の青年。
おい、大丈夫か、といつもだったら頼り概のあるその姿が今の彼女にはどうしようもなくやるせなくうつって堪らない。
見られていた。
いつも大抵弱気という自覚はあるが、今はそれ以上に消えてしまいたい衝動に刈られ、思わずさっと顔を青くさせると沈むように頭を項垂れる。
後にこの出来事は
もう二度と鉄格子には登るまい
と
彼女が決心した瞬間と語られたとかそうでないとか。