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□互いの気持ち。
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胸が痛い_。
ズクズクと音を上げて悲鳴をあげるそこを右手で力強く握りしめてみるがそんなことをしてもまったく楽になる様子はなかった。
続いて鼻の奥がつんと何かにつつかれた感覚に襲われる。鼻血かと慌てて鼻を抑えれば今度は訳のわからない涙が視界に膜を張った。
はっきり言おう。
今の俺は自分の体に起こっている変化に酷く混乱している。
というのも、いままでこんな症状なんぞ、一度も出たこともなかったからだ。
原因が何かはさっぱり。花粉症などのアレルギーなんかは1つも持ち合わせてはいないし。とにかく止まらない鼻水を拭き取ろうとカウンターに置かれたティッシュ箱に手を伸ばした時だった。
「おい、こんのタレ目!!!
今日も朝から無視してくれやがって!!!」
背後から怒号のような叫び声が聞こえてくる。
....来た。
俺は慌ててティッシュを数枚抜き取り鼻にあてると、その声のした方へと勢いよく振り返った。
「んだよ、うるせぇくそナツ!!!!無視なんてだれもしてねぇじゃねぇか!!勝手なこと言うな!!!」
ずるりと鼻が音を上げるので全くもって勢いが生まれなかったあげくに若干の鼻声も混じったので説得力のかけらもない。ナツはそんな俺の様子を見て三歩ほど身を退いた。
しかし、なぜかそんなドン引きのやつの顔を見るだけでカッと頬が焼けるように熱くなる。
_これはあれだ、風邪だな、うん。
とにかく薬を飲んで
ギルドから家に帰ったら治ると信じたい。信じたいのだが...。
_ひとついい忘れていた。
原因がなにかはさっぱりというのは前言撤回させてもらおう。
確実なる病原菌がここにいた。
「?
おいグレイ。何だよその目は。」
「おまへ、いっはいなにもっへきはんはよ....」
「は!!!?なにいってんのかぜんっぜん聞こえねぇんだけど!!!」
「うるへぇっ!!!」
鼻水は止まることを知らずいつまでもティッシュを抑えている両手を離すことができなかった。
ナツはそんなまともにしゃべることもできない俺に気を使ってか、言いたいことも言えずに苛立たしげに腕を組んでいる。
おれもお前に気を使われるのは不服だよ、ちくしょう。
さあ、そろそろ説明しなくちゃならない。
さきほどこいつがわめいていた、俺が無視を続けているという内容。
さっきは違うとごまかしたが、
あれは実は紛れもない事実なのだ。
そして理由はいたって簡単。
こいつが目の前に立つだけで、
言葉を発するだけで。
この訳のわからない症状が酷くなるからだ。
それに気がついたのは一昨日の昼辺り。ギルドでナツと言い争いになった時から始まった。
最初はちくりとうずく胸の痛みだった。気のせいですめるほどのそれだったのだ。
だが。
その痛みはやつの隣にいるだけで徐々に侵食するかのごとく肥大していった。ドクドクと脈打つ心臓に、本気で俺の寿命はここまでかと覚悟した。あのときのひどく疼く痛みは二度と忘れないであろう。
そして頭をよぎった予感がひとつ。
_こいつ、ぜってぇなんかいけないもん持ってきたんだよ。ちげぇねぇ。
クエストか何かで流行りのやまいの病原菌でも持って帰ってきたのであろうか。取り敢えずそれがなくならない限りはナツと近づくのは危険だと俺の脳が判断を下した。
しかし、この事実には少しの誤りがある。
「あ、おはよう!!!ナツ兄、グレイ兄!!!」
「おぅ!!!はよ!!!マカオ!!」
「...うす」
やはり平気なのかと複雑な気持ちで、俺は走り去るマカオの背中をじっと見つめた。
これは今日俺自身が気がついた事実なのだが、どうやらナツを目の当たりにして胸がいたくなったり、訳もなく涙が出たりするのは俺だけのようだ。
まぁ、他のやつがなるにしろならないにしろ、俺があいつを視界にいれるだけで気分が悪化するのは確実なので
今日までこうして無視を続けてきたわけなのだが。
そろそろ本格的にけじめつけねぇとな....
きっとこのままナツを無視し続けるということは不可能であろうということは俺も理解しているつもりで。かといって近づけばあの症状が襲ってくるし。
さて、どうしたもんか....
ガンガンと痛み出した頭を抑えながら一人で試行錯誤していると
不意に体が宙に傾いた。
誰かに腕を引かれたのだと気がついた時にはすでに遅く、倒れそうになる体を支えることができず
反射的にぎゅっと目を瞑ってしまう。
いつもはしっかりと受け身をとろうと動いてくれる体もこんなときに体調不良で思うように動いてくれなくて。
床に叩きつけられるであろう痛みを想像しながらその重力に身を任せていると
がっちりとたくましい腕に支えられた。
予想もしなかったその出来事に慌てている間にも前髪がそっとすくわれ、
こつんと額にあっついなにかがあてられる。
_てか、あちぃっ!!ほんとにあちぃって!!!
「うわ、つめてー...この様子じゃ熱はねぇな。」
あつ過ぎて慌て出した俺の耳から
やけに近くに感じる声。
その声に呼ばれるようにゆっくりと薄目をあけてみてみると、
そこには大きなねこ目があった。
そのつり上がった目もとはどう考えてもやつのもの以外に考えられなくて。
状況が理解できずに薄目のまま視線を上へとたどわせると額がくっついている事実に気が付いた。
どうやらナツが俺の体温を無駄にだだっ広いでこで計ってくれているようだった。
なぜかそんな一生懸命な姿を見て少し照れ臭くなってしまい、再び慌てて目を閉じてみる。
振り払うなんて選択はなぜか頭には浮かばなかったから不思議だ。
ただ、じっとしてその体温を感じ取っているとカッカと、脳内が火傷をしてる感覚におそわれる。
_相変わらずあっちぃな....。
なんて言葉をはいてやろうかと思ったがなぜか痛いほどに喉がつまって言葉にできず心のなかで呟いてみた。
俺に足りない体温をナツが分けてくれているみたいで、心臓がまたひとつ、とくんと音を立てる。
あ、やべ。
ぼろりと右目から涙が零れたのと同時に俺は勢いよく若干低めのその肩を突き飛ばした。
いてっという声のあとに引き続き、
どんがらがっしゃーんという漫画にでも出てきそうな効果音が俺の耳を貫く。
予想異常に飛ばしすぎてしまったようだ...少し反省。
しかし今はそんな心配もできないくらいに次々と涙が滝のように溢れてとまらなかった。胸はぎゅーっとしめつけられ息をするのも苦しい。
あぁいやだ。こんなかっこわりぃ姿やつに見せたら笑われちまう。まじこっちくんなばかナツ。
しかしそんな俺の願いを覆すかのごとくすぐ近くまでにその足音が歩み寄ってくるおとが聞こえた。
相変わらず再生能力がはやくて腹が立つ。
「なんだよ、お前_泣いてんのかよ...?」
下から顔を遠慮なしに除きこまれるのを両手を使ってあわてて覆い隠した。
まったく空気を読むということをしらねーのか、こいつは。
「...ちげぇっ...!!」
明らかに涙声だが、そんなのはもう関係ない。
何があろうとも
ナツにこの顔を見せるわけにはいかないと俺の本能が疼く。
それはプライドから来てる感情なのか、はたして他の特別なものなのか、俺にはよくわからなかった。それでも相手はそれを譲ろうとはしない。
「何で、んないやがんだよ。見せろよ」
「やだ。どっか行け。」
「やだって....
俺がどっか行っても変わらないだろ?だから_」
「変わるから言ってんだよ。」
「あ?どういうことだよ?」
最初はしまったと思ったが、もうここまで来たら言ってしまおうと覚悟を決めて、俺は大きく息を吸い込んだ。
「お前見てると...胸が痛いんだよ。
訳もわからない涙もたくさんでて、無償に切なくなって......
おまけに顔は風邪引いた時みたいに赤くなる。胃は火傷したみたいに熱くなるんだ。
きっとウイルスかなんかお前が持ってきたんだろうよ、どうしてくれるんだよ...!!」
一気に話終え、涙を拭って前を向くと歪む視界の中のナツがぽかんと口を開けていた。
_そんなおかしな話したか?
ナツはしばらくの間そのままの格好で呆然としていたが、突然ひとつこほんと咳払いをするとぽりぽりと頬をかいた。
なぜか俺と同じ
真っ赤な顔で。
「お、お前さ...それ何て言うのか知らねーの?」
「は?どういうことだよ...?」
突然の質問がよくわからなくて内心慌てる。いったいこいつはなにをいってるんだろうか。
首を傾げるとナツはあーやらうーやらよくわからない言葉を発した。
言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
「えっとな、...つまりそれは病気だ!!」
「..............は?」
たっぷりの沈黙のあとに俺は苛立たしげに疑問符を投げつける。
医者でもないのになにしったかしてんのかって大声でいってやりたかったが、次のナツが放つ言葉で俺の全脳細胞が真っ白になった。
「その病気な、多分恋っていうんだ。グレイ。」
「......................................」
_今なんと?
「その、俺も体験.._てか、お前と全くおんなじその気持ち、感じたことあるからよ......」
「......」
「ルーシィに言ってみたら、それは恋だっ、て、教えてくれたんだ。」
「.......」
.............わけがわからん。
両手を必死にふって説明してくれるナツには悪いが、まったく納得がいかなかった。
は?恋?女達がよく楽しげに話しているあれだぞ?
どう考えてもこんな苦しいものじゃない。あいつらは病気と勘違いするほどの痛みを味わったことがあるというのだろうか?
冴えない顔をしていることがばれたのかナツはえーと、と言葉を漏らすと悩ましげに口を開いた。
「取り敢えずルーシィに教えてもらった恋ってやつの症状、教えてやるな?」
やつは俺の顔色を伺いながらよく聞いとけよ?と、指を折り曲げてそれを呪文のように唱えはじめる。
聞きながら、俺は絶句した。
怖いくらいにその条件に当てはまったのだ。
訳もなく涙が出る。
胸が苦しく、切ない。
その人を見るだけで、顔が熱をさしたように熱くなる。
胃が締め付けられる。
これは明らかに俺の症状とだぶりまくる。
え、なんだ?つまり俺は恋してるってことなのか....
_____誰に。
ぼーっとした視界にうつったのは
すべて症状を言い終えたナツの笑顔。
にひひっどうだっ俺だって覚えてたんだぞっ
て口が動いてる。
その太陽のような笑い顔をみるとぎゅっと心臓が縮こまる感覚に襲われた。慌てて右手で抑え込んだ時には遅かった。もう気がついてしまってはもどれない。
ああ、どうやら俺はやらかしてしまったようだ。
「う、...」
「う?」
「うぁあああぁぁぁあああっ!!!!!!!!」
次の行動はもう決まっていた。
ただひたすらこいつの前から逃げるということ。またしばらくは顔をあわせることはできない。
気がついたころにはギルドを出ていて、
焦った様子のナツが後ろから俺の名前を呼んでいた。
「おい待てよ!!!グレイ!!!!
俺も言いたいことがあんだけどよ_!!!!!」
後半部分はもうしりすぼみになって何を言ってるかも分からない。
しかし、とんでもないことをやらかしたもんだと俺は内心走りながら叫んでいた。
これじゃあ告白もどきをしたのと同然だ。あいつが恋なんて知ってるなんて迂闊だった。死にたい。
「う、うぉおおおぉ.......!!!!」
とりあえず家の近くの川のほとりまで走ってくるとその川原にどかりと膝を抱えて腰かけた。膝に顔を埋めながら顔の熱が冷めるまで待ってみるが一行に下がる気配はない。
はあぁと深いためいきも漏らしたと同時に、ふとやつの顔が脳内をかすめた。
とたんに目に涙の膜が張り、それを
慌ててぬぐいながら考える。
そっか、俺、ナツが好きなのか....
そうなのか......
「ナツ、好きだ...。」
言葉にしてみると案外その言葉はすんなりと心に収まった。
まるで今まで知っていたかのような...
いや、知っていたんだ。俺は確かにやつを好きだったんだ。
あぁ、こんなものだったんだな。好きって。
さっきもう顔はしばらく会わせないっていったが、もう顔が見たくなってきた。
思えばあの症状が出てからナツを無視はしたものの、俺の視界からあいつが消えたことはなかったな...。
それほど視線で追いかけていたということなのだろう。
あぁ、ほんっとに...
「好きだよ、ナツ....」
涙声が混じったその声は誰もいない川のほとりに響き渡った。
その頃のギルド。
おいていかれた桜色が一人
頬をかいて呟いていた。
「ったくよ....最後まで話は聞けってのに...」
大きくため息をつくと
ここにいない彼にたった一言。
「好きだ。グレイ」
から回る両思い。
→後書き。