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□恋する電子音。
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とある教室のある一角。
ひとつの机を挟んで朝から仲良し男女が会話の真っ最中であった。

「ねぇ、もう全部吐いちゃいなよ!!
あたしたちの仲でしょー?」
「う、うるさい。お前には関係ねーだろ?」

そしてそのすぐそばの机に座る少年が一人。
貧乏ゆすりが徐々に大幅になっていくことに本人は気づいているのかいないのか。彼はひたすらにその会話の内容を盗み聞きしていた。

「またまたーそーんなこといってぇ。
あたしが協力したら一瞬でいちころってのに!!」
「そ...そういう問題じゃねぇんだよ。あっちいってろって!!!」
「あーあ、冷たいんだなーったく。この純情天然たらしが。」
「うるせぇ!!!聞き捨てならねぇぞこの野郎!!」

ガタガタと椅子を鳴らしながら取っ組み合う男女にナツの怒りの沸点は限界に来ていた。早く話の続きを進めてほしくて体の節々がうずうずする。あまりのもどかしさに読んでいる(正しくは読んだふりをしている)本がくしゃくしゃと音をたててシワがよったほどだ。
何週間も何ヵ月も幾度となくカナとグレイによるこのての会話のくだりはすべて聞いてきたというのに、話が進む気配は一行にない。いつも必ず途中でグレイ側から会話を打ち切るのだ。
しかしナツからしたらそれはたまったもんじゃなかった。
どうしてもその先の人物の名前を知りたくてたまらない。

自分の想いびと、
グレイが恋しているという、誰かの名前を。

もちろんきっとその名前が自分じゃないということは重々承知の上だ。
そして、その人物の名前を聞いた瞬間にひどく落ち込むだろうということも。

覚悟は決めてはいる...のだが....
そんな男前なことをいう裏腹、本当は彼の口から他のやつの名前なんぞ聞きたくなかったりもする。
とんだ矛盾だと人は笑うかもしれないがナツはそれでもかまわなかった。好きな人の事になるとちょっとしたことで喜び、ちょっとしたことで泣く。そのなにがいけないのだと。
しかし、結局は逃げるように教室から出ていったグレイによっていつものように会話は中断されてしまう。

終わってしまった話の後、ナツは諦めたように本をパタリと閉じると机に項垂れた。
もちろん気分はたて線が見えるほどにブルーである。

一体どこのどいつなんだよ...あいつの好きなひとって。

悩めば悩むほど気が遠くなり、とうとう考えることさえも止めてしまった。

手足をだらんと伸ばしながらうーと気だるげに唸っているとその手元から突然にぱっと本が消える。何もなくなったその感覚にナツは慌てて顔を上げた。
すると、
そこにはなぜかさっきいなくなったばかりのグレイが立ちはだかるように彼の目の前に立っていたのだ。

「最近これ読んでるけど...そんな面白いのか?」
言うやいなや、まだ状況理解が追い付かない彼の目の前でパラパラとページをめくると、グレイは無邪気に微笑んだ。
そんな姿も絵になって、ナツはあわてて彼の顔から目をそらす。

_やべぇ、朝から話せるなんて超ラッキーじゃん。

ただ話せたというだけなのに彼の心のなかはこのままとんでいってしまいそうなほどの有頂天だった。
だが、それを下手に顔に出してはいけない。
ばれないようにわざとにやける口許を手で覆いかくすとその小説を乱暴に奪い返した。
「勝手にとるんじゃねーよ」
そっけない態度になってしまったことに少し遅くも後悔をする。
何でいつもこうやって意地の悪い態度でしか口が聞けないのだろうか。
怒っている姿を想像しながら目の前に座るグレイの様子を恐る恐る確認する。
そして言葉を失った。

いつもはあまり表情を変えないグレイが拗ねたように頬を膨らませ、こちらを睨んでいたのだ。

_やばい。なんだよこいつ。可愛いすぎ。

睨まれたというのに心臓はとくんと緩い音をたてる。
「何なんだよ、朝から。機嫌わりーの。」
ぷいとそっぽを向く顔をもう一度こっちに向けてほしくて、ナツはあわてて前言撤回をしようとするが顔が熱くなるだけで言葉がでてこない。

_ごめん、わりぃって。話しかけてくれてすんげー嬉しい。

心のなかでは大声で言えるのに。
それが悔しくて、机の下で見えないように自らの制服の裾を軽く握った。
どうすればいいのかわかんねー...。
他のことでは積極的に動けるぶん、こういうことに関する免疫がすこぶる少なく話のレパートリーも基本的それと同様に少ない。
頭を悩ませていたその時、
「なーんてな。」
と、うつむいたナツの耳に響く、凛としたテノールの声。

そらされた彼の顔はまたこちらを向いて。


「嘘。怒ってねーよ」


とにひひと笑った。

_ずりぃ。
かっかと顔が熱くなる。なんとか言葉を繋ぐがちゃんと話せていただろうか。
「ま、紛らわしいことしてんじゃねーよ...」

_ずりぃ。
「別にー?最近ナツさん調子にのってんじゃねーのかなって思って?」
_ずるすぎる。
「うるせぇっ朝は苦手なんだよ!!」

_俺ばっかりがこんなにも大好きだ....。

「あ、チャイムなった。」
はっとしながらグレイが言う。
楽しい会話時間の終了だ。いつもこうして朝話ができた日はチャイムの音がタイムリミットの合図。
_あぁ、でもなんか今日はまだそばにいてほしいな。
一人でもんもんと思考を巡らせてる間にも時間は止まってくれなくて。
グレイは机から若干の距離をとるとじゃあまたなと手を振ってくる。
しかし、その手を降り返すよりも前に

気がつけば慌ててその腕を掴んでいた。

「.......?ナツ...?」
「........」
な に や っ て ん だ お れ 。
「わ、わりぃわりぃ!!!!!!なんでもねーんだ忘れてくれ!!!!!!」
掴んだ時よりも究極の速さでその手を離すと両手を勢いよく振り回してごまかすがはたしてそれは効果があっただろうか。

_頼む、ばれないでくれ...!!!

内心叫びながら恥ずかしげに前髪をいじると、ナツは赤く染まる頬を隠すようにうつむいた。

_格好悪いことなんて重々分かってる。今やっている行動も、まだ行ってほしくない、なんて言う男の言葉も。

だからせめてグレイには嫌われたくないと、彼は先ほどの自分がおかした行動のすべてを全否定することしかできなかった。

グレイはしばらくの間そんな慌ただしい彼の顔を見つめていたが、数十秒後、見かねたように何かをいいかけ口を開く。が、その言葉は発されることなく閉じられると、そのまま無言で座席へと帰って行ってしまった。
ナツはというとそんなグレイの様子には気がつかずに背中をみとどけて安心したのかどっと椅子に腰をかけ、肩の力をぬく。
_疲れた....。
最初のように机にうなだれ手足をのばすと、大きな深い溜め息をはいた。
そのすぐ後にグレイとの入れ違いで忌まわしい教師が教室に入り込む。
低い号令の掛け声と共に重たいからだをのそりと起き上がらせると憂鬱に窓のそとを眺めた。

_あぁ、またもうしばらくあいつと会えねぇな.....。


こうして今日もナツの授業三昧の長い一日がはじまったのだった。
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