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□新月の朝
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 バトルタワー。ポケモントレーナーにとって究極の修行の場。そのバトルタワーのサロンに、彼は足を運んでいた。彼は、ボールの中のポケモンに話しかけながら、誰もいないサロンのソファに座り、一緒にバトルをする相手を待っていた。
 誰でもよかった。というのは、今はまだ夜明け前で、ロビーで仮眠を取ったりテレビを見たりしているトレーナーはいるが、バトルをしようという者はいなかったのだ。

 彼は、日頃の生活の中で、体内時計がかなり狂ってしまっている。人もほとんどいない寂れた鉱山の小さな島で、一日中ポケモンを相手にしているからだ。
 日光も差し込まない、外の世界と切り離された空間は、時間が止まったように静かで、四季の変化なども当然ない。彼の時間感覚を奪うには充分な環境だ。彼はときどき島を出て近くの港町へ行くのだが、夜中に知り合いのジムリーダーの元を訪ねて困惑させることもあった。
 彼は帽子の庇を上げて、窓の外を見た。白い肌が露わになる。彼の黒い瞳が、満天の星を捕らえる。月は出ていない。今日は新月だ。昨日の晩に彼は島を出たのだが、当然船頭には酷く厭がられた。

 彼は、この地方に古くから伝わる噂を思い出していた。新月の夜はポケモンが人に悪夢を見せるらしいというものだ。そして、満月島にいるという、クレセリアというポケモンの話。先程もテレビで流れていたが、彼の興味を惹くには至らず、よくある都市伝説だろうと思われた。
 また夜に出てきてしまったよ、と、彼は呟いた。島にあまり籠もるのも、よくないかもしれないね、と言ってボールを撫でる。その口元は、少し笑っていた。

 そのとき、サロンのエレベーターのドアが開いた。受付嬢の後から、トレーナーらしき青年が入ってくる。金色の髪を少し立たせ、カジュアルな洋装に身を包んだ青年は、その格好に似合わず、疲れたような顔をしていた。目の下には、うっすら隈ができている。
 まさか、そんなことが。彼は、心の内で呟いた。彼はまだ、この青年の名も、また何者であるのかも、知らなかった。
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