鬼畜眼鏡な部屋。
□その手が握りしめる先は
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御堂は悩んでいた。
彼の手には大きな封筒と写真が握られている。それは先ほど大隈専務から渡された、いわゆる『お見合い写真』であった。だが、実は彼宛てにではない。
御堂の愛しい恋人宛てにであった。
その手が握りしめる先は
御堂はまた、本日何度目になるかわからないため息をついた。
大隈専務からこれを預かったのは今朝。だが今はもう終業時間間近である。何度も克哉と話す機会はあったが、切り出せずに今までズルズルとひきずってきた。しかしこのまま悩みを持ち帰ってしまえば、鋭い彼は御堂の異変に気付いてしまうだろう。なんとしても帰るまでに処理しなければいけない。
見合い相手の写真を見つめて、またため息をついた。写真の中の彼女は優しそうに微笑んでいる。彼はもしかすると、普通に結婚をして家庭を築くことを望んでいるかもしれない。もしかしたら子供が欲しいと考えているかもしれない。……なんといってもまだ若いのだ。自分がこのまま縛り付けてもいいものか……
1人悶々としている御堂を、執務室のドアをノックする音が現実に引き戻した。
「入れ」
「失礼します。御堂部長、明日のミーティングの資料なんですが、これでいいでしょうか?」
噂をすればなんとやら。
扉の向こうから姿を表したのは克哉だった。御堂はとっさに写真を隠したものの、焦りは完全に消えていない。
「そ、そうか。ご苦労だったな」
克哉が差し出した資料に目を通す。いつもながら非の打ち所がない。資料からふと視線をあげると、目を細めてじっとこちらを見つめる克哉の視線と絡み合う。だが克哉はすぐに視線を逸らせてしまった。
「……どうかしたか、佐伯君?」
「いえ、なんにもありませんッ」
何でもないわけがない。克哉の横顔は、少し泣いていた。
「克哉……?」
心配になって思わず下の名前で呼ぶ。克哉は少しうつむきながら、おずおずと口を開いた。
「あの、御堂さん……俺のことなら気にしなくて大丈夫ですから」
「何がだ?」
話の意図が見えず御堂は首を傾げる。自分は何か、克哉にこんな顔をさせることをしただろうか?
「さっき、偶然ドアが少し開いてて……俺見てしまったんです。御堂さんがお見合い写真を見てため息をついているところを……」
そういうことか。
御堂は思わずほっと一息ついた。どうやら、このかわいい恋人は自分のお見合い写真だと思っているらしい。だとすると、誤解を解くにはどうやら話を打ち明けなければいけないようだ。
「克哉、……これは私のではない。君の見合い写真だ」
「……え?」
「今朝大隈専務から君宛てに預かってな。なかなか渡す機会がなくて、すまなかった。……私のことは気にしなくていい。あとどうするかは克哉次第だからな」
きょとんとする克哉に封筒を手渡した。あとは克哉次第だ……と思っていた矢先に、克哉は突然クスクス笑いだした。
「何がおかしい?」
「いえ……御堂さんが俺と同じ心配してくれてたと思うと嬉しくて」
そう言ってまた御堂を見つめる彼は、幸せそうだった。その笑顔に御堂も自然に顔がほころぶ。
更に克哉は言葉を続ける。
「俺、御堂さんのそばにいられるだけで幸せなんです。だから他の誰とも一緒になるつもりはありません」
「克哉……」
「これは明日、俺から大隈専務にお断りを入れておきますから……御堂さん、帰りましょう」
克哉がそう言って差し出した手を御堂は優しく、だがしっかりと握り締めた。
END.