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□温もりは望め無くて嘲笑だけが心に残る
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「ほら、これを着て。
早く行くわよ」

そう言って渡されたのは、持っている中で一番上等な上着。
浅ましい自らの母親の声で現実に引き戻された。
しかし、逆らえ無いオレは渋々渡された上着を着る。
すると、腕を掴まれてさっさと家を出る事になった。
何時か明るい通りにいた同じくらいの男の子は、暖かそうな服を着て、何かを食べながら歩いていた。母親と、手を繋いで。
そんな家庭に憧れはしたが、無理だとは分かっていた。
今だって、そうだから…


***


「…おじさん…」

母親に紹介され、炎を見せると、人の良さそうなお爺さんは少し悲しそうに笑った。
そして、オレを自分の子だと言った。
寒い風を防げる暖かなマフラーを首にかけられ、頭に手をおかれる。
その顔は、何処か悲しそうだった。

「…何だい?XANXUS?」

名を呼ぶ、優しい声。
頭上にある、大きくて暖かな手。
優しそうな瞳。
オレが思っていた…

「……お父さん、って、呼んでいいの…?」

怖かった。
否定されるのが、怖くて、恐ろしくて、声が震えた。
視界が歪む。涙、だろうか?
母親の前で、泣きたく何か無いのに。
また、馬鹿にされる。叩かれる。
男の子だから、泣いたらダメ。弱いのはダメ。
なのに、泣きそうになっている。

「あぁ、いいよ、勿論。
XANXUSは私の息子何だからね」

安心させるように言って、そっと抱きしめてくれる。
オレはその、初めて心から安らげる空間で、静かに泣いた。










−−−−XA…XU…S…XANXUS

「…?」

名を、何度も呼ばれた気がする。
きょろきょろと周りを伺い見れば、お父さんがいた。
でも、やけに高い。何で…

考えて分かった、オレが寝ているんだと。
抱きしめられて泣いた後、高そうな車に母親と一緒に乗って、それから…?
どうやら眠ってしまったらしい。
上体を起こしてみると、ふかふかのベッドの上だと分かった。
固いベッドしか知らなかったオレは、ベッドを軽く押してみた。
すると手が飲み込まれるようで、気持ち良い感触に包まれる。

「起きたみたいだね。
気分はどうだい?」

優しい、新しいお父さんが話し掛けてくる。
オレはぎこちないが笑って、いい気分だと言って見せた。
今まで、見せた事の無い表情(かお)。
母親には、何を言われるか分からないから、本気で笑った事があったか分からない。
ただ、この人は信用出来る。
直感、だろうか?
オレに、そう伝えていた。
だから自然に安心できた。

「あの…、お父さん…?」
「何だい、XANXUS?」

優しい口調。穏やかな声。
その双眸を見つめると、静かに続きを促してくれる。

「…オレは、何をすればいいの?」

母親は、何かよく分からない事を言っていた。
だから、一番よく分かっていそうなこの人に聞いた。

「XANXUSのしたい事をすればいいよ。
だけど、勉強はしないとね?」

…自分の、したい事…。
そう言われるとよく分からない。
今まで言われた事が無いから。
今日からは、新たな人生を歩めそうだ。
未だに頭を離れない、あの幸せそうな子に近づけるかも知れない…。

「それでね、XANXUS。
最初は大変だろうから、あんまり無理しなくていいんだ。
週に一回でもいいから、先生に勉強を教えてもらってね」

オレは、分かったと頷く。
この人を、喜ばせたい。単純にそう思ったから。

「勉強って、大変なの…?」

ただ、勉強何てした事が無いから、不安だった。
けれど、お父さんは大変だけれど出来ると楽しいと励ましてくれた。
だから、頑張れる気がした。

「最初は、この屋敷に慣れようね。
私が案内してあげるから。
その後は、必要な物を買いに行こうか」

終始優しい声音で、オレに話し掛けてくれる。

「…お金、無いんですけど…」
「私が買ってあげるから、心配しないで?」

それから敬語じゃ無くていいと言ってくれた。
オレの不安を、取り除いてくれる。
それから、その大きな手で頭を撫でられた。
ただ、全く不快では無くて安心出来た。
ふと窓の外を見ると、空は夕焼けで美しく染まっていた。

「屋敷を見て回る前に、お風呂に入っておいで」

何故、とは言わなかったが、オレが汚いからだとは分かる。
持っている中で一番上等とはいえ、この清潔な部屋の中では十分汚いと言えるだろう。

「分かった」

だからオレは理由は聞かずに了解し、待っててくれるかと聞いた。
するとお父さんは勿論だと言って、行っておいでと背を軽く押してくれた。
だからそのままオレは脱衣所に向かい、服を脱ぐと浴室に入った。
とても広い浴室は、一人では寂しいくらいで、大人になっても広いのではと思える。
その空間で手早くシャワーを浴びて、全身を綺麗に洗う。
シャンプーからはとても良い匂いがして、これからの事を思うとわくわくした。
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