隠の王

□死神なんて誰が決めた
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何日かぶりにオレは宵風と買い物に出掛けた。
食べるものが底をついたから。
浅い息を繰り返し、立ち上がるのでさえも億劫そうな宵風を引っ張り出して、
まだ蕾の桜並木を歩く。

「今年は遅いね、桜」

「もうすぐ咲くよ」

「分かるの?」

帽子を深く被り、やや俯き気味のまま歩を進める宵風。



見えているのは、自らより少し先の道だけだろう。


「もう蕾だから」

ちゃんと、見てたんだ、桜も。



この桜が満開になる頃には、
期待と不安で心臓を爆発させそうな新入生が、如何にクラスに溶け込むか、友人をつくるか、頭をぐるぐるさせているのだろう。
(尤も、オレの場合はそうじゃなかったけど。)

そうして、一時の夢を見せた夢の欠片がひらひらと舞い散る頃、
己を静に押し殺して、
無感動な心に鞭打って、
仮面の微笑みで周囲へと溶け込むのか。

(馬鹿馬鹿しい、)

だけど、オレだって、
無関心な筈なのに、
オレは全てに無関心な筈なのに、
いつの間にかオレの周りには――たくさんの仲間が居て、

でも、作り笑いなんかじゃない、素のままのオレを受け入れてくれて、
すごく、
温かい人達。

「壬晴、考え事?」

俯いていた筈の宵風の顔が、気がつけばじっとこちらを見ている。

「……満開の桜の中で暗い顔してたら、
その人の抱えているもの、何倍にも重く見える気がするなぁ、って柄にもなく情緒的なこと、考えてみてた」

例えば、宵風。
哀しい桜がよく似合うと思う。
そんなもの似合ってほしくもないけど。

「情緒的?」

「ちょっと違うかも」(自分で言っておいてちょっと違和感)

動揺していたのもあったかもしれない。
オレの考えていた事なんて恥ずかしくて言えない。
適当に相槌でも打って誤魔化そうかと思ったけど、
そしたら何となく互いに寂しい沈黙が流れそうだったから、咄嗟に言葉を紡ぐ。
宵風との沈黙が苦痛なわけではない。寧ろ心地良い。
だけど今は何か話していたい気分だった。
それに宵風が付き合ってくれるかとうかは分からないけど。

「まだ桜は咲いてない」

そう言って宵風はオレからふい、と目を逸らしてしまう。

「だけどもうすぐ咲く」

そしたら、宵風がどこかに行ってしまいそうで、
オレの指をすり抜けて遠いどこかに消えてしまいそうで。
心の底に閉じこもって、オレにさえも笑顔を見せてくれなくなったら、

「そしたら桜のない道を通れば良い」

淡々とそう言った後、優しく微笑した宵風に、オレは何故か胸が痛んだ。

「凄い遠回りじゃん……」

アパートから一番近いスーパーマーケットと、隣接するコンビニ。
まともに買い物が出来るのはそこくらい。
あとは電車で隣町まで行くかしか方法はない。

「まだ時間は少なくはない」

「何?」

ボソリと宵風が何か言ったが掠れた声が所々耳についただけで、何を言ったのか聞き取ることは出来なかった。

「ねえ、宵風ったら!!」




聞き返すオレの声も全く耳に届いていないというように、
それから宵風は前を向いたまま一度もこちらを見る事はない。

むっと頬を膨らませ、
腕を引っ張ってみたり、
ぐるぐる宵風の周りをまわってみたり、
ついには宵風の歩く行き手を遮ってみても、

「何でもない」

「嘘、宵風、動揺してる」

オレの言葉に宵風は一瞬目を見開いた。ほんの僅かに、だけど。
でもそれもすぐにいつもの無表情に戻って、
目の前に立ちはだかるオレをすり抜け、数歩進んで振り返る。

「今日は好きなだけ壬晴の思うところに行けばいい。
僕も付き合う、それでゆるして」

そうしてオレに差し伸べられた手。
オレより大きくて、力のある、
だけど時々何かに脅えているかのように、僅かに震える。

ほんとは凄く優しくて、
だけど過去あった痛みが宵風を臆病にしているんだと思う。
寂しくて、
哀しい人。
だから、その温かさも隠れてしまって分かりにくい。

オレは宵風の手をとって、きつく握り締めた。

「何かあった?」

その言葉に感情はこもっていないように聞こえる、
だけど、
少なくとも一緒に暮らし始めてすぐの頃の宵風は、
任務関係以外で、こんな風に他人を気に掛ける事はなかった。
宵風が何を考え、思っているのか、オレにはまだよく分からない、だけど、

「何でもない」

宵風は絶対に死神なんかじゃない。

「なら、いい」

不意に柔らかくなったその表情は、とても温かくて、綺麗で、
それなのにどうして宵風はこんなに苦しまなくちゃいけないの、



過去があるから、今の宵風がある。
だからオレと宵風も出会ったんだ。

オレの中にある秘術も、
宵風の過去も、
それがなければオレ達は今二人でこうしていない。




別れまでのカウントダウンと一緒にやってきた出会い。



なんて、残酷なんだろう。


「まずはどこに行くの、」

オレはどんな顔をしていたのか、ハッとすると宵風がじぃっと覗き込んできていた。
オレの力の抜け落ちた手を、宵風が握り直す。

「スーパーだよ」

ここからじゃ、駅よりも近い。

「でも電車に乗るのに邪魔になる」

「荷物?」

「うん」

「じゃあ隣町で全部済ませよう、それでいい?」

「僕は何でも。壬晴のいいようにしたらいい」

買い物、とか
遊びに行く、とか
宵風は殆ど興味を示さない。目に見えないだけで、ほんとは違うのかもしれないけど。

それでも、たまにこうしてオレに付き合って遠出したり(遠出、と呼べるかどうかは分からないけど、オレ達にしたら遠出なんだ)
散歩に誘えば、かなり低い確率ながらも付いて来てくれる事もある。

「ねえ、」

オレの呼びかけに、宵風は目線で続きを促してくる。

「駅に付くまでにしようね、手」

「その方がいいだろうね」

どちらも、目立つ事をあまり好まない。

「寂しくない?」
手を離しても、

「すぐそこに居る」

「オレは寂しいかな」
宵風が、ずっとオレと居てくれるわけじゃないのは
分かってるから。

「うん、」

それから続けて宵風は何か言おうと口を開きかけたみたいだったけど、
結局何も言わないまま、繋いだ手がぴくりと一度動いただけだった。





















死神なんて誰が決めた
(オレは認めない)












080522
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