隠の王

□絶滅寸前。まだ大丈夫。
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「あ?何してんだお前」
朝からひとり、不機嫌そうに何か良いながら、せわしくパソコンと向き合い、キーボードを叩き続けていたゆきみ。
僕はその音を心地よく感じながら、せっせと指先を動かしていた。
「壬晴に頼まれたんだ」
渡された折り紙の束。
僕のてのひらより少し小さくて、色取り取りのそれ。
何枚あるの、と聞く前に、壬晴が501枚だと言った。
こんなにたくさん折ってどうするのかと思ったけど、それは聞かないことにした。
聞かなくても分かっていたような気もしたし、聞いてしまったら折れなくなると思ったから。
そう考えてすぐ、面倒くさいような気がしてきて、それでも折らなければ困ると思った。

何も考えず、形作られていくそれをじっと見ていると、まるで他人が折っているのを傍観しているかのような気がしてくる。
動作を覚えこんだ指先は、これからどうしたらいいか考えるまでもなく動く。
のんびりと。
丁寧に思えるけれど、出来上がってみると形はよくなかった。

小さな山を作っている、折り終わったそれ。
少しずつ、確実に厚みの減る折り紙の束。

壬晴も、今同じようにこんな意味のないことをしているのだろうか。
意味がないと思ってるのに、僕は冷めた心のどこかでこんな紙の山に縋ろうとしている自分が居る。

そう気付いてしまったとたんに、
恥ずかしくなって、すーっと寂しいものが通り抜けた。

指先が何度も紙を擦っていたせいか、熱を持って痛む。
今までの僕は何だったんだろう、冷め切った頭で考えて、面倒になって、ふたつ重ねて置いていた手袋をはめた。

「お前、よくそんなに折ったな」

背伸びをするゆきみの言葉に、何故だか惨めになった。
見てみれば、残っているのはあといちまい。
何日も前からこんなことをしていたなんて。
僕には時間がないのに。
考える事はたくさんあるというのに。




ただ紙を折るというだけでも、繰り返し同じことをしていればそれなりに疲れるらしい。
僕は気がついたら眠ってしまっていた。
ゆきみがかけてくれたのか、やけに重たい毛布にくるまっていた。

ゆきみの姿はない。
表の仕事だろう。何日かかかると、そんな事をいつか言っていた気がする。
起き上がる気にもなれず、もう一度目を閉じて、毛布を頭までかぶった。
だけど、そこで思い出した。
今日は壬晴に会いに行かなくてはいけない。
面倒くさいとは思わなかった。
何日かぶりに顔を合わせる。

ゆきみが汚い字で書置きをしていた。
端の黄ばんだ、どこかの保険会社のメモ用紙。
『小悪魔小僧によろしく』
殴り書きしたようなその文字の隣に、弱弱しい鶴が一羽、置いてあった。
何度も折りなおしたのか、へなへなの鶴は真っ黒な折り紙で折られていて、多分昨日僕が折り残したものだろう。
そういえば、壬晴と約束したんだから、
折り終わったら届けるのが普通なのだ。
終ればそれでいいと、今までそんな感覚があった。



紙袋いっぱいの鶴を手にして、僕は鶴の数だけ足が重くなる気がした。
壬晴と会えるのは嬉しい。
だけど、与えられるかもしれない優しさの予感が僕の心臓を締め付ける。
自惚れだと笑えたならどれだけいいだろう。
優しくされることが苦しいなんて、僕はおかしいんだ。

「こんにちは」

じっと地面を見ていると、恐れていた声。

違う、僕は壬晴を恐れてなどいない。

壬晴が僕の心に触れるのが怖いんだ。

「こんにちは」

覚られないように声を押し殺したら、自分で思っていたよりも低い声が出て、少し動揺した。
気付かれたかもしれないというのもあったし、
壬晴を傷つけたかもしれないと思った。

「全部折ってきたの?」

「壬晴がそう言った」

「うん、俺が頼んだ」

「だから折ったんだろう」

僕は意味もなくこんなことしない。
……――おかしい、僕はこんなことに意味なんてないと思ってた筈なのに。

「ありがと」

壬晴が笑うのから、僕は慌てて目を逸らす。

何故、
壬晴といると、今までの僕がどんどん崩れていく。
知らない気持ちばかりに出会う。


壬晴が笑ってくれて嬉しいなんて。


僕の中の絶対が揺らぐ。
駄目なんだ、僕は消えなくちゃいけない。
いつしか、それは意志ではなく義務のようなものになっていた。

壬晴、僕はどうしたいのだろう。

君は僕を消す為に傍に居る。
僕は消えなくちゃいけない。
僕が望んだ。
ずっと、望んでいた事。

「宵風、俺といる時は余計なこと考えないで」

「何故、」

「宵風が色々悩んでるって分かってしまったら俺が笑えなくなるから」

「それは……困る」

「うん。俺も宵風が楽しくないと困る。
だから、ふたりでいれば、なるようになるよ」

なるように。

「壬晴も鶴全部折った?」

「ああ、うん。家に置いてきちゃったけど」

「行こう」

壬晴の考えてること、多分僕は初めから分かっていて気付いていないふりをしていた。
こんなにたくさんの鶴、何に使うのかって。そんな分かりきった疑問を抱くことでしか僕は折れなかったと思う。
それも全部自分で分かっていたのか。分からない。
僕は自分が分からないし、分かろうとも思わない。

だけど、壬晴の事は知りたいと思う。そうしたら何か分かるかもしれないから。

言葉が不器用で、優しさでさえも互いを傷つけてしまうなら、
ただ一緒に居ればいい。
何か伝わるものがあるかもしれないから。

壬晴の手をつかんで歩き出す。
思い足取りの壬晴を引っ張るようにして振り向かず歩く。
壬晴がじっと僕を見ているのを感じたから。
ふいにきつくにぎりしめられた手に、僕は少しペースを緩める。

「なるように、なるといいね」

壬晴も不安なんだ。
そう思って初めて自分も不安だった事に気付く。

はじめに壬晴、次に僕。
いつの間にか僕の中でそうなっていた。

僕は壬晴が好きなんだ。
壬晴が僕を生かせている。





作られた千羽鶴のてっぺんに、壬晴が二羽の鶴をひっつけた。
左が僕。右が壬晴だそうだ。
501枚づつ。あわせて千と二羽の鶴。
壬晴に何で千羽じゃないのって聞いたら、千羽鶴用の折り紙セットに、予備が二枚入っていたから、だそうだ。
壬晴らしい理由だと思ったとたん、口元がほころんだ。















絶滅寸前。まだ大丈夫。
(残り時間なんて僕らは見ない)














080608

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