隠の王

□依存危険警告
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店内は冷えていた。
ゴォーっと何か機械の振動する音が聞こえてきて、小さく耳に届く流行の音楽がかき消される。

店員は華やかな笑顔で俺達を見ていた。
何か良い事でもあったの、とでも聞きたくなるような笑みである。
営業スマイルみたいにひけらかすようでもなければ、不自然でも厭々でもないような。
ごく自然に洩れたものだろう。
ああ、この人幸せなんだなぁ。
凄く幸せなんだ、と思ってなんだか傷つく。
人の幸せに傷つくなんて嫌な奴、というより、無関心な俺らしくない。

「あの、ご注文はどうなさいますか?」

無言で立ち尽くす俺達二人に、店員は愛想よく尋ねてきた。

ずっとここに居て、目の前のものも見えていたのに、
俺は店員のその声にまるで今まで自分がここに居なかったかのように
どこかから引きずり戻されたような気がした。

「宵風、どうする?」

効き過ぎた冷房は寒いくらいだった。
機械から生まれたその冷たさに、俺は指先を擦り合わせながら宵風を見る。

「壬晴と同じもの」

「ん」

見れば宵風もいつもよりいくらか顔色が青ざめているようだった。

早くしよう、と思って俺は適当に店員に注文を告げる。

どうせ席も殆どが人でうまっていたし、
こんな冷えた場所で冷えたものを食べられるか、と俺は手渡されたそれを両手に宵風を促して外に出た。


「はい、あそこのベンチで食べよう」

宵風に手渡したのは、俺のとおなじ、三段のアイス。
たくさんの種類のアイスクリームから好きなものを選べるのだ。
アイスクリームにはどれも片仮名の長い名前がつけられていて、俺は面倒だったから指差して注文した。
だからどんなものかは分からないけど、上から茶色(多分チョコ)ピンク(苺?)青(何だろう?)だった。

「暑いね」
アイスをがぶがぶと齧りながら、宵風が言ったのはアイスの感想じゃなかった。

「夏だね」
宵風の厚着に不可解そうな視線を向けてくる人は多い。
だけど俺も宵風もそんな視線に目を合わせようとはしなかったし、気にするようなことじゃないと思った。
人からどう思われているかなんてどうでもいい。
多分俺はそう思っている。
思い込んでいるだけかもしれないけれど。

「おっ、壬晴じゃん」

もう既に食べ終わりかけている宵風を視界の端に、
急に食べる気のなくなったアイスを少しずつ舐めていたら知った声が聞こえてきた。

「雷鳴」

「二人でお出かけ?」

宵風にちら、と目をやって、雷鳴は俺の隣に座った。

「うん、この後は雪見さんの所に涼みに行くの
クーラーずっとついてるから」

雷鳴は?と尋ねると目的のないただの買い物だそうだ。
俺が首を傾げると女の子はそんなものだと教えられた。

「壬晴、垂れてる垂れてる」

雷鳴が慌てるのに何かと思えば、溶けたアイスが指を伝っていた。
ただの甘い液体のくせに、舐めとっても拭いてもなかなか粘々したのと甘い匂いとかとれない。

雷鳴がハンカチでそれを拭ってくれる。
これは俺のなかで優しいと感じること?
だとしたらおかしい。



痛みがないもの。


「もういらない」

何だかお腹の中で大きな水風船が膨らんだみたいに、食欲がなくなっていた。

「じゃあ頂戴」

雷鳴が嬉々として言うのに、宵風の手がすっと俺の手に触れた。

「僕が食べる」

力が抜けるようにして俺が手放したアイスを宵風はまたがぶがぶと食べ始める。

「あんまり冷たいもの食べ過ぎるとお腹壊すのに」

ツン、とそっぽを向いて唇を尖らせた雷鳴に、宵風は無言を返す。
じりじり照りつける太陽に、俺の額から汗が零れた。
どこに居るのか分からないけれどどこか近くで蝉が鳴いている。

「じゃああたし行くね」

ニコニコ笑う雷鳴にニコニコ笑って返して、二、三言葉を交わして送り出す。

「寒い……」

小さく宵風が呟く。
震えてこそいなかったものの、唇の色からして約六段分のアイスが相当に応えているようだ。
雪見さんのところに行くのはやめにした方がいいだろう。

「たくさん食べたから」
「僕が食べなきゃ誰が食べた」
「雷鳴が食べてくれた」
「それじゃあ駄目だ」
「?」

よく分からなかったけど、寒さのせいか少し丸まった宵風の背中をさすってみる。

こんなので寒いのがなくなるわけないか。

「いい、僕に触らないで」

手を繋いだりだとか、
普段は普通に宵風に触れている。

だけど多分、今俺が宵風にしている事は優しさになるから。

大人しくひっこめた手に、俺は思い出す。


無関心で、優しくされる事が苦しいはずの俺。
それなのにさっき雷鳴からもらった優しさに痛みは伴わなかった。

どうして?

「ねえ、宵風」

俺の呼びかけというよりは呟きのような声に、宵風が僅かに俯かせていた顔を上げる。
宵風の視線が俺を捉える。長い睫毛が上がるのを見て綺麗だと思った。
ここから動けなくなってしまいそう。

その視線から逃れるように宵風から目を逸らして言葉を続ける。

「俺に優しくしてみて」

「僕は……
壬晴に優しくしたことなかった?」

宵風のそれは自分自身に問いかけているかのようだった。

「ううん、たくさんしてもらった」

そうかな、と言う宵風は暫く間を置いて再び口を開いた。

「僕は人に優しくする事が苦手だ。
優しさというものが分からない。
それなのに優しさが苦手だから。
分からないことを出来はしない」

だけど、俺が痛いと感じた事が優しさなら、それを壬晴に与えることは出来る、と。

苦しいんだか柔らかいんだか複雑な微笑とともに、宵風は俺の頭をくしゃくしゃと撫でて抱き寄せてきた。

宵風の心音が聞こえる。
もう蝉の鳴き声も聞こえない。

周囲の人の目には泣いてる弟と慰める兄、とでもうつるのか、ちらりと覗き見ても目の合う人は居なかった。

胸を襲う鈍痛。

これは、どっちの痛みだろう、
「宵風、これ、宵風は誰にしてもらったの」
抱きしめられたまま、ぎゅ、と目を瞑る。

「雲平のところの女の人」

英さんだ。
安心とともに、消えるかと期待した胸の痛みは、まだそこにあった。

ああ、これはやっぱり、

「宵風、俺に優しく在ってね、

優しくして」

声を出すのも苦しいような気がして、最後の方は呻くような今にも泣き出しそうな声になってしまった。

優しさの痛みは、
俺にはもう宵風にしかないから


この痛みがなくなるまで。












依存危険警告
(いずれ別れが来る)(わかってるったら、)







080620
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