隠の王

□強さなんかどこを探したって見つからない
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自分が自分で惨めだから

どんなに言葉にしても
思っても
伝わらないから




嘘を吐いた、


「俺の中でもう宵風は死んでるよ」
だから気にしないで俺に約束を果たさせて、と。
俺は今ちゃんと笑えてると思う。
気持ちを押し殺すのには慣れてるから。




大好き、

大好きだ


自信がなくなって、無表情なんだろう宵風の顔を見たくなくて俯いた。
そしたら地面には蟻が行列をつくっていて、一生懸命に何かの欠片を運ぶその姿に妙に苛立った。
気がつけば俺は地面をめちゃくちゃに踏みつけていて、落とした視線、ポツポツと吸い込まれるようにして出来ていく水玉に、
雨でも降り出したのかと思えばそんなことはなくて、視界が霞んでいた。
「どうして泣くの」

宵風の問いはいつもの声色に少し戸惑いが混じっていた。

「分からないの?、俺がどうして泣いているのか」

「分からない」

「本当にわからないの?」
宵風は俺より身長が高いから、見上げると
帽子で影になった目が俺には見える。

だけど目が合うと宵風は俺から視線を逸らす。

「……この場合、哀しいのは僕の方なんじゃない、か」

「どうして」

宵風は望んで消えるのに?
だけど、
消えたいと、そう思わせる何かが、
俺の知らない宵風の過去にあったから?

じゃあ、誰が宵風を追い詰めたの、

「壬晴が僕に酷いことを言ったから」

ああ、あんな事俺は思ってない。
『俺の中でもう宵風は死んでるよ』……


だけどその言葉を撤回する前に、確かめなくちゃいけないことが出てきた。

「宵風は俺の言葉に傷ついた?」

影になった目元、宵風の長い睫毛がゆっくりと上下する。
俺より少し横に置いた宵風の視線は動かず、

俺達の間を冷たい風が通り過ぎる。
それを待っていたかのように、宵風の唇が何度か躊躇うように開きかけた。

「多分、そうだと思う。苦しかったから。

でも、壬晴にとってはその方が楽なら、それでいいと思った」
だから、気にするな。と。

「そんなの寂しいよ宵風」

「だけど全部なくなる」

そうか、俺は分かっちゃいなかったんだ、何一つ。
消えるってそういう事だ。
死んじゃうのとは全然違う。

俺が今宵風を想ってることも、
今こうして話してることも、
任務で宵風が庇ってくれたことも、

全部全部なくなっちゃう。

代償は、
何?
苦しかったことも、全部消えちゃうこと?

「駄目だよ、そんなの!

俺は宵風のこと覚えてるから」

「どうして、
そんなの無理だ。僕は世界から消えるんだ。居なかったんだ、初めから」

「俺は宵風が消えてしまったらかなしいよ」

目の前に、宵風が居る。
いつか俺が消してしまう宵風。
気羅で死んでしまうかもしれない宵風。

生きる事を、
望んでいない宵風。

どこにも行かないでほしくて、俺は気がつけば宵風に抱きついていた。
すごく細くて、それがもう残り時間の残量が少ない事を警告しているようで、
たまらなくなって洩れる嗚咽にも、宵風は暫く黙っていた。

「いっぱい傷つけて、ごめん」

宵風の手が俺の背中に回ってきたと思ったら、きつく抱きしめられた。

「だけど、忘れてしまうよ、


たくさん僕に傷つけられた事も、

壬晴は忘れてしまう」

こんなに近くて、温かい。
宵風の体温を感じるのに、俺達の間を冷たい風が通り過ぎた。












強さなんかどこを探したって見つからない
(どうしたって伝わらない)(ほんとは気付いてるんでしょう)





080623
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