隠の王

□生き地獄の出口はどれも閉ざされたままです
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その食欲もなさそうな外見とは裏腹に、宵風はオレの焼いたお好み焼きを大口で何枚も食べた。
美味しい?と聞くと、一瞬箸を止めた宵風に、オレはしまった、と思ったがもう遅かった。
――宵風にはもう味覚がないんだ……。
時々、そういう事を忘れてしまう。
そういう事……宵風の五感が失われていくという事。
普通の死が迫っているのではない、
宵風を追うのは、徐々に人間である事を忘れさせられるかのように、たくさんのものを奪いながら近づいてくる。
僕は干からびるようにして死んでいくのかもしれない。と、宵風はそう言ったことがあった。
ぞわっと、足元から冷たい風が吹き抜けて、まるで虫が這っているかのように背中がざわりとした。
オレは、オレの中に勝手に居座っている力に心の中、縋るような思いで、ただ宵風から視線を逸らすことしか出来なかった。

結局美味しいとは一言も言わないまま、殆ど無言で食べ終わった宵風がまず口にしたのは「眠い」だった。
オレは自分の部屋に宵風を連れていくと、宵風は崩れ落ちるようにして壁を背に膝を抱えて座り込んだ。
そのまま小さな寝息を立て始めた宵風に、オレは寄り添ってみた。
起きる気配がないから、その青白い頬にそっと触れてみた。
僅かに眉を顰め、少し呼吸が荒いものになる。
苦しいの?となにとなく、すっと首元に手をやった時だ。
バシンと大きな音がしたと思ったら、オレの手は宵風に叩き落されていた。
驚いたように目を見開き、荒い息を繰り返した宵風は、俯くと一言ごめん、と言った。
隠された過去、古いけれど鮮明で濃厚な、そんな哀しみの匂いがした。
『オレも、ごめん、だけど、いつか話してね』
聞こえたのか聞こえなかったのか、宵風はそのまま逃げるように落ちるように、
長い睫毛をゆっくりと下げ、視界からオレを消してしまったようだった。
眠っているのか目を閉じているだけなのか分からない宵風の隣に居るうちに、
オレも頭の隅に追いやっていた鈍い頭痛がよみがえってきて、重い瞼を閉じてしまっていた。


◆◆◆◆




080707
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