隠の王

□君の仮面は帽子、他にもたくさん持ってる?
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低い唸り声が聞こえた、、、





急がなくちゃ、宵風との待ち合わせ、もうだいぶ遅れてしまっている。

陽射しが強い、

日陰にでも居てくれたらいいけど、
あまり自分のことに頓着しない宵風のことだから
そのまま炎天下でじっと待ち続けてバタリ、なんてこともあるかもしれない。

額に汗がにじみ、背中を流れる。

息を切らしてやっと待ち合わせ場所に辿り着いた時、
そこに宵風は居なかった。

(もう、帰っちゃった、かな…?)

だけど何となく宵風のしそうな事ではないように思う。

汗を拭い、息を整えていると、
何かの唸る声が聞こえてくる。

「みはる、」

宵風の声だ。


声のした方を向けば、
少し離れた木陰にしゃがんだ宵風が、ちょいちょいと手招きをしている。
相変わらずの厚着だ。それでも帽子はとってあるけれど。

「遅れてごめん」

「いや、」

大して気にした風もなくそれだけ言って立ち上がった宵風は、手にしていた帽子をひょいと被り木陰から出てくる。

「それ、どうしたの?」

よく見れば、
(というより今までオレが気付かなかった方が変か、)
宵風のコートの裾に子犬がぶら下がっている。
さっきからしていた唸り声はこの犬だったんだ。

「壬晴を待ってる間遊んでた」

「でも何か怒ってる」

「何もしてないんだけど」

いつもの声色でそう言う宵風は、噛み付く子犬を無理矢理に引き剥がすと、壬晴へと押し付けた。

「僕はそういうのには特に好かれないみたいだ」
犬はよく人間のことが分かるっていうから、本能的なものでも感じてるのかも、と宵風は帽子を目深に被った。

とたんに犬は唸るのをやめて、パタパタと尻尾を振り出した。
オレの頬を舐め、次いで宵風のところに行こうと壬晴の腕の中でもがく。

「帽子、……目が見えなきゃ怖くないみたいだよ」

「僕は……いい」

多分宵風は否定の意味でそう言ったのだろう。
だけどオレは放り投げるようにして子犬を渡す。

「っ……」

思ったとおり、宵風は受け止めた。

「みはる、」

子犬を体から突き放すようにしてオレに差し出してくる。
でもオレは知らない。

渋々といったように子犬を抱いて固まっていた宵風は、
何を思ったかいきなりに帽子をとった。

「僕が怖いか。こんなもの、あってもなくても変わらない。僕は――」

低い声で吐き捨てるように言った宵風の頬を、子犬はペロペロと舐める。

「脱ぎ捨てるタイミングが大事なんだ。誰かと付き合う上で仮面を被って接っして、
そうしないと誰とも知り合えない事があるから。だけど、知り合ってみて自分を出してみたら、案外そっちの方がお互いに付き合いやすかったりする事もあるんだ。

……って、ばあちゃんが言ってた」

「壬晴もそう思うの」

「オレは……分からない」

そう思ってるのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

オレは、自分が仮面を被っているのか、そうじゃないのか、それさえも分からないから。
自分を押し殺していると感じていても、それもひっくるめてオレだと考えるなら、それは素の自分。

他人との関わりを最小限に、って無理しても、心を殺しても、そうする事がオレで、
逆にそれをしない事が出来ないからそうしているのだとしたら、今のオレは仮面を被ってるわけじゃない。
無理も含めてオレになる。

だけど、ばあちゃんの言った事も分かる。

「僕も自分の事はよく分からない」

ボソリと言う宵風に、
オレはぐるぐるする思考を振り払うように、にっこり笑った。

「兎に角、オレはオレ、宵風は宵風ってこと!」

「分らない」

「いいよ、分からなくて、オレも分かんない」

「どっち……?」

はぁ、と小さく溜め息を吐いた宵風は、子犬を元居た場所に返してきた。

「あそこの家の犬だよ」

しかし宵風は答える事なく、暫くじっとオレを見ていた。

「宵風?」

「みはるは、壬晴、」

「そうだよ、ぜんぶひっくるめて」

「色んな壬晴が固まってるんだ」

「うん」

「……行こう、壬晴、」

わしゃわしゃと乱暴にオレの頭を撫で回した宵風は、さっさと歩き出してしまう。

「宵、風も、だよ、」
追いつくのに小走りになりながら言うと、宵風は立ち止まって待っていてくれた。

「色んな宵風が集まってひとつの宵風」

「何それ、気持ち悪い」

僅かに顔を顰め、宵風はさっきよりも速く歩き出す。

「自分がオレはそうだって行ったんでしょ」

「壬晴はいいんだ。たくさん集まっても可愛いから」

宵風はさらりと言ってのける

「宵風だって可愛いよ」

「壬晴の取り合いになる」

「大丈夫、オレもたくさん居るから」

いつの間にか可笑しな方向に話が進んでいると分かっていても、
その時宵風が楽しそうに笑うのを見てしまったから、
もうちょっとだけこの可笑しな話に付き合ってもらおうと思った。














君の仮面は帽子、他にもたくさん持ってる?
(いいからこっちを見て)(そんなもの捨ててごらん)












080522
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