隠の王

□世界を大切に
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蝉の声が一瞬途絶えたのと同時に、オレは小さく息を吐いた。
オレの中を通り抜けるようにして流れてきた風に耳元の髪の毛が揺れるのがむずかゆい。
手にしている薄い水色のアイスキャンデーが溶けて腕を急速に伝っていく。
ぺろぺろと舐めとっていると、隣に座っていた宵風と目が合った。
「もう食べたの?」
見れば宵風が手にしているのはただの棒だった。当たり、と書かれたそれに気づいていたのなら、オレに話しかけてくれたってよかったのに、なんて思ったけど、夏の真っ最中を必至でアピールしてくる蝉の声に、オレは哀しくなって俯いた。
「早く食べないと溶けるよ」
「いいんだ、もういらないから」
いつもと変わらない宵風の声に、オレは何故だか分らないけど卑屈な笑みを浮かべていた。
ぶら下げるようにして目の前に持ち上げたアイスキャンデーは、ぽたぽた、ぽたぽた、透けたあおの滴を滴らせていた。
アスファルトの地面に落ちては、吸い込まれていく。きっと地面は焼けるように熱い。
――今日は快晴だ。
どこを見回しても雲ひとつなくて、視界を空だけで満たせば、どこかに吸い込まれていってしまいそうで。
自分の存在さえもあやふやになってしまいそうだ。
べちゃり、と音がした。
気がつけば力の抜けていたオレの手から離れたアイスキャンデーは、じりじりとアスファルトに焼かれて溶けていってしまった。
あらわになった棒きれ。
書かれていたのはたったの三文字。
はずれ
可笑しくて馬鹿馬鹿しくて、
何だか寂しくなった。
もしかしてこれが哀愁ってやつ?なんて思ってたら、宵風が不思議そうにオレの名前を呼んだ。
「壬晴、早く行かなきゃ」
そうだ、雪見さんとの待ち合わせがあったんだ。
何の用かは教えられてないけど、楽しいことではないのは確かだろう。
ふぅ、とため息を吐いたあと、オレは隣に宵風の気配を感じながら、視線は溶けた水色に向けたままいつもの一言。
「気羅は成るべく使用禁止」
頷く気配に涙が出そうになる。
ミーンミーン。
煩いけど悲しい、
蝉の鳴き声が脳髄にまで響き渡るかのように、頭がわんわんする。

世界は、こんなにも奇麗なのに。
君は、こんなにも傷ついて。
何に傷つけられたの?
世界なんかじゃないでしょ。
誰か、なんでしょ。


木陰を揺らす風に思わず目を閉じると、オレを追い越して歩いて行く宵風の背中がみえた。





世界を大切に
(誰かを生んだのもまた世界)(悲しみを生むのは誰かです)



080717

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