【胎動編】最後の時間
□【Ep11】独りの前夜
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軽い疾走
ざらつくコンクリートの淵から虚空へと身を投げる
重力から解放された体は一瞬の浮遊感の後、再び重力の鎖に捕らわれて落下を開始する
現在の時刻は深夜
宙の見えないこの惑星(ほし)に月光の恩恵はないに等しい
塗りつぶすような、そして凍える闇を切り裂いて私の体は空を舞う
滞空時間はそれほど長くない
やがて視覚が認識するよりも早く足の裏が下方にある別の建物の屋上を察知、少し遅れて靴底が灰色のコンクリートを擦る
落下の勢いを前方へ駆ける力に変換し、再び淵まで駆ければ、また別の建物に飛び移っていく
ひとつ、ふたつ、みっつ
少し高い位置にある今にも崩れそうな雨どい、錆びた非常階段の細い手摺、半壊したバルコニー
常人なら飛べない距離や不安定な足場も、足音なく体重を感じさせないイルの身のこなしの前ではさほど大きな問題にならない
そして住人がイルの行動に気づいた気配もない