宝物(小説)

□『もういない あなたへ』
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 拝啓
 そちらの様子はどうですか?



『もういない あなたへ』



「にゃーっ!マーカー、まーかーぁ!」
 金色の猫が来る。
「…人を猫みたいに呼ばないで下さい、准将」
「な?おまえ、外回りだよな?」
 マーカーの抗議を軽く無視して、必死の形相なエドワードが走り寄ってきた。
「そうですが…」
「じゃ!オレも一緒に行く!いいよな!?」「かまいませんが。…後で中佐に怒られてもしりませんよ?」
 うっ…と言葉に詰まる年下の上司は、たしか先ほどまで書類の山脈に埋もれてたはずだ。
「…大丈夫…だから!」
「それではご一緒に」
 たしか有能な副官は、来週行われる模擬戦の、自分の隊の作戦会議をしてるはず。
「くすっ…デートですね」
「な!?」
 真っ赤になるエドワードに、いつになく優しい目になる。ほんの一瞬だったが。
 町に出てみると、外はすっかり春の日差しで、どこからか懐かしい花の匂いが漂ってくる。

 ああ…


 貴方が好きだった花だ――


 この花だけは好きなんだと言った、貴方の言葉も声も、まだ耳に残っている。
 感傷に浸る趣味はないけれど、たまに、本当にたまにですが、貴方を思い出すのは何故でしょうね?


「…マーカー?」
「なんです?」
「おまえ、今すげーイイ顔してた。何考えてたんだ?」
「…貴方とこうして歩いているからでしょう」
「…ウソばっかり」
 真っ赤になると思ったマーカーの当面の想い人は、時折とても鋭くなる。
 他人が必死に隠してるトコロにまで、容赦なく入りこんでくる。
 それがマーカーにとってはとても愛しくもあり、時に苛立たせることにもなる。
 町の中は平和で、春の華やいだ空気が流れていた。
 軍人が歩いていても怯えることもなく、皆が声をかけてくれる。
 それはこの小さな若い司令官の人柄によるものだ。全ての人を惹き付けてやまない、愛されるべき存在の金色の錬金術師。
「さて、そろそろ戻りますよ」
「えー、もーぉ?マーカー、おまえマジメすぎ!」
 頬を子供のように膨らます。
「…なんとでも言って下さい。オレはとばっちり食って残業は御免ですから」
 まだゴチャゴチャ言ってるエドワードを、強制連行する。
 案の定、司令室の扉の前には、魔物も逃げ出すようなオーラを静かに纏った副官が立っていた。
「兄さん…」
「…ごめんなさい」
「…さっさと書類を片付けて下さい」
「…わかりました」
 いつものような兄弟の会話に、マーカーがクスッと笑った。
「マーカー少佐?」
「なんでもありません。失礼します」
 兄弟ゲンカとも痴話喧嘩とも言えそうな会話から、そそくさ逃げ出すマーカーを、アルフォンスは訝しげに見ていた。
 どうかしている、とマーカーは思った。こんなにあの人を思い出すなんて、今まで無かった。
 でも…

 たまになら。
 いいんじゃないかと思った。
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