宝物(小説)

□『ため息インジケーター』
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『ため息インジケーター』


「……少し、喉が腫れてますね。注射と抗生物質で様子を見ましょう」
そう言って、アルフォンスは患者の男の子から母親へと視線を向けた。そして眼鏡のブリッジを上げながら、穏やかに話しかけた。
「三日後に、またいらして下さい……ご都合は?」
「大丈夫ですっ!」
「お大事に」
即答する母親に微笑むと、アルフォンスは優しく男の子の頭を撫でてやった。

エドワードは病人ではない。しかし、ありがたい事にここの医者や看護士達には贔屓にして貰っているので連日、グラマン病院に足を運んでいる。
「出前、お待ちー」
「エドワード君、ご苦労様」
いつものようにナースステーションを訪れると、看護士であるリザに労われた。年上美人に少し照れつつも会釈を返し、カレーやランチセットを机の上に並べていく。そして店に帰ろうとすると、戻ってきた看護士のハボックに声をかけられた。
「おう、大将。もう帰るのか? もう少しでアルも戻るぞ」
「……アルには弁当、持たせてる。仕事の邪魔しちゃ、悪いからな」
不自然に見えないようにエドワードは笑って答えた。それから、少し左足を引きずりつつも金髪のテールを翻して、ナースステーションを後にする。
けれど、そんな彼の態度こそ子供の頃からエルリック兄弟を知っている大人達を心配させている事に、エドワードは気付いていなかった。

……子供の頃の事故。それはエドワードから母を、そして彼自身からは左足を奪い去った。
けれど、エドワードは負けなかった。義足で専門学校へと通って母の洋食屋を継ぎ、共に生き残った弟を医大へと通わせた。そして今、その事故で世話になったこの病院で弟・アルフォンスは小児科医として働いている。
(……あっ……)
病院を出ようとしたところで、不意にエドワードは柱の後ろへと隠れた。その視線の先では、白衣姿の弟が歩いている。
(カッコイイよなぁ)
しみじみと思ったが、決して兄の欲目だけではない。待合室の女性陣が途端に色めき立ったのが、何よりの証拠だ。
(あの眼鏡がまた、似合ってるんだよな……家じゃ、かけねぇくせに……ったく)
だんだん胸がムカムカしてきたのに気付いて、切り替えるようにため息を吐く。
そして今度こそ踵を返すと、エドワードは病院を後にした。

二十八歳と二十六歳。今までは兄弟一緒に暮らしてきたが、いつまでもこうしてはいられない事くらいエドワードにだって解っている――そして、そう考える事自体が不自然だという事も。
(ま、惹かれるの自体は自然なんだけどよ)
浮かんだ考えに笑いながら、エドワードは皿を洗った。グラマン病院では内科医のロイの人気が高いが、自分に言わせればアルフォンス以上の男なんていない。病院での颯爽とした姿以外の、可愛かったり頑固だったりするところも見ているが、呆れたり嫌いになんてなったりしない。ただ、ますます愛しくなるだけだ。
(オレは、アルと店の事しか考えられねぇけど……それで、いーんだけど……)
そこまで考えて、すっかり癖になってしまったため息を吐く。
自分の気持ちについては、開き直っている。幸い店も順調だし、今のこの時代なら独身を通しても問題ないだろう。弟へのこの想いは、キッチリ墓まで持って行くつもりだ。
……だけど。
「今夜は、腹……括らねぇとな……」
自分に言い聞かせるように呟いて、エドワードはため息を吐いた。
今日は、アルフォンスの二十七歳の誕生日だ。そして当の本人からは、今夜は二人だけで祝おうと言われている。
(いよいよ、か)
改まってと言うのなら、大切な話があるのだろう。いきなり恋人を紹介されないだけでも、ありがたいと思うべきだ。二人きりなら、少しくらい泣いても嬉し泣きだと誤魔化せる。
「……よしっ!」
だから最後の皿を洗い終えたところで、エドワードは拳を握って気合いを入れた。
即別居ではないにしろ、恋人が出来たならアルフォンスの誕生日を祝えるのも今夜が最後になるだろう。ならば、精一杯のご馳走を作ってやる――そう思ったからだ。

「わぁっ……スゴいね、兄さん!」

だからこそ、帰ってきたアルフォンスの第一声にエドワードはこっそりとガッツポーズをした。
ご馳走と言っても、高級料理などは作れない。けれどこの母親直伝のふわふわ卵のオムライスは、弟の大好物なのだ。他の料理やケーキも全部、アルフォンスの好きな物である。
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