宝物(小説)

□あやは一周年記念フリー
1ページ/5ページ

マロン
カフェ『アルケミスト』経営パラレル



 なかなか上手くいかないときもある。それまで順調だったことが、自分を裏切るように進まないとき。
 アルフォンスは、今まさしくその時に陥っていた。
「ダメだ…なんでだろう…」
 10月の新作スイーツはモンブランにしようと思ったのは、二週間も前のことだった。モンブランはすでに通常メニューになっているが、もっとグレードの高いものを作りたくなったのは、新栗の良いものが手に入ったから。アップルパイやショートケーキやチョコレートケーキに押され気味のモンブランを、この機会にもっともっと美味しくできないかと思ったのだった。
 とは言ってもまとまった時間はなかなか取れないので、店の定休日とこうして自宅に帰ってからの時間を使って研究試作を繰り返していた。
 今までのマロンクリームより、ずいぶんと美味しくなったとは思う。でも、あとちょっとだけ何かが足りない。それがわからない。イラつく時間が、無駄になっていく。
「アル?まだやってんのか?」
「あ…う、ん…」
 先に風呂に入っていたエドワードが、キッチンに入ってくる。
「オレは十分旨いと思うけどな」
 ボウルの端のマロンクリームをペロリと一舐めして、エドワードが言った。
「う、うん…」
 美味しいと思う。これでも十分、商品にできると思う。
 でもまだ納得できない自分がいた。納得できない商品は店に出したくない。それは、アルフォンスのパティシエとしての矜持だった。なにより、ここで妥協してしまっては、この兄のそばにいる資格も無くなってしまいそうで怖かった。
「何か、手伝うことあるか?」
「ごめん…」
「うん…じゃあ、あんまり無理するなよ?」
 いつもなら、素直に嬉しく思うその言葉が、今日に限ってアルフォンスの胸に突き刺さった。
「…無理しなくちゃ、できないんだ…兄さんにはわからないよ」
「アル…」
「兄さんは、料理でもパンでもいつもいつも絶対美味しいものを作っている。味のバランスも完璧で。素材の生かし方も申し分ない。僕は努力して…やっと店に出せる程度。ねえ、どうすれば兄さんみたいに、自分の頭の中の味を具現化できるの?教えてよ!」
 言ってることが無茶苦茶だと、思っていても止まらない。
 兄の細い肩にアルフォンスの指が食い込んでいた。
 痛いであろうに、それでもエドワードは身動きしないで耐えていた。
 ただ、金の瞳が悲しそうにアルフォンスを見ている。
「アル…頭の中の味なんて、そうそう完成できるもんじゃないぞ?オレだって、なかなか上手くいかないでわめいてるの、おまえだって知ってるじゃん」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ