宝物(小説)

□『sweet pain』
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『sweet pain』

朝、目を覚ますと耳元にくすぐったい小さな風。
ちょっと顔の角度を変えると見える金色の髪。
後ろから抱き締められてるから姿勢が変えられないけど、聞こえて来る健やかな寝息とオレの枕になってる太い腕やオレを抱え込むもう一本の腕は紛れも無くアルのもの。

昨日寝る前にアルが「一緒に寝たい」って言って来た。

小学生の弟が「怖い夢見たから一緒に寝たい」なんてのとは訳が違う。
日々隙を見てはキスしよしてきたり、オヤジがいないと「大好き」なんて連発する弟だ。

しかも…1回とはいえ行くところまで行った仲だ。

これはいかん。

昨日はオヤジが新年会でベロンベロンに酔っ払って帰って来たから、夜中起きる可能性はまずない。
だからといってゼロではない。
オレはそんなスリルはごめんだ。

「何にもしないから」

とアルは答えた。

「絶対」

とまで付け加えた。

オレはずっとコイツを見て来てるけど、嘘は下手だしその上「絶対」なんてそう簡単には言わない。

「じゃあ…いいぞ。」

そうだ、絶対なんて言うからにはちょっとでも何かしたら、ぶん殴られるくらいの覚悟は出来ているはずだ。
アルは嬉しそうに笑った。

オレのベッドはシングルで、成人男子が二人で寝るには当然窮屈だ。ついでにいうとアルは無駄にデカい。
どうするつもりかと見ていると、ベッドの壁側で背中を壁に付けて横になった。

「これならあんまり狭くないでしょ?」

これだけ譲歩されると文句を言う訳にもいかず、オレは頷いてベッドに入った。
なんだか照れくさいからアルに背中を向けて。

「兄さん…後少しで自由登校だね。」
「ん?…ああ」
「ねぇ、最後のお弁当一緒に食べたいな。」
「別に…いいぞ。」
「じゃあ…兄さんの好きな物たくさん入れるね。」
「おう。頼むな。」

3年はもうすぐ自由登校になり、あとは数回行って卒業式だ。中学に上がってから毎日の様に食べていたアルの作った弁当も、あと数回を残すだけとなった。

寂しいと思った。

アルもきっと同じなんじゃないかと思う。

「…おやすみなさい」
「ん。」

オレの杞憂は取り越し苦労に終わり、アルはそのまま眠りにつくようだ。

背中の十数センチがひどく遠く感じた。

「寒い!」

オレはちょっと大きな声を出してくるりと寝返りを打った。
アルはびっくりしたようで丸い目をもっと丸くして驚いた。

「あ…ごめ…」

オロオロして謝ろうとしたアルの胸にオレは頭突きを食らわした。

「う!」
「隙間空いてっから寒いんだ。責任取って温めろ!」
「…うん」

アルはそっとオレに腕を回した。まるで卵を抱える親鳥みたいに。

アルにくっつけたオレのオデコからアルの鼓動が伝わる。少し早めなのはオレがくっついてるからだろう。
とくんとくん…と伝わるリズム、フワリと香るアルの匂い、オレより少し高い体温のすべてを心地良く感じるのは…オレがコイツを好きだからなんだろう。

何もするなと言っておいてこれは逆にキツいかなとも思ったから、ごめんを込めて喉元に小さくキスをした。

「え」

アルがオレを見る前に素早く向きを変えた。
多分耳まで赤くなってるだろうから、照れたのはモロバレだろうけど…

「おやすみアル」
「…おやすみ、兄さん」
そう言ってアルがオレのつむじにそっとキスを置いた。オレは黙って気付かないふりをした。

あのままオレは寝たから、アルが起きたのかはわからない。
わかるのは今自分のいる状態がとても心地良いということだ。
アルが起きたらきっと幸せそうな顔して『おはよう、兄さん』って言うんだろうな。
その幸せそうな顔を想像すると、やっぱりちょっと可哀想だったかなと思う。

でも今はアルが目覚めるまでの間この心地良い状態を味わっていようと思う。

甘くて小さな胸の痛みとともに。


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