宝物(小説)
□『もういない あなたへ』
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貴方を失って、ようやく見つけた光だけど、既に他人のものだった。そして…誰も、誰かの代わりになどならないと知った。死んだ人間は、決して生き返りはしない。だから、生きろ。そう、今の上司は言うんですよ。
「…っ…んっ」
シャワーの熱い湯が、マーカーの黒髪の上に降り注ぐ。
左手は壁につき、右手は自身を握りゆるやかに動かしていた。
体は冷えているのに、体の芯の熱が冷めない時もある。
町へ出れば後腐れない相手もいたが、今日はその相手のぬくもりが煩わしく思えた。
ただの排泄行為、男の生理現象にしかすぎない。
「んんっ…ふ…」
自分の荒い息が耳につく。
ぼんやりと壁を見ていた目を閉じた。
何も考えず、自分の手でもたらす快感に意識を集中する。
より大きく膨らんでいるのに、あと一歩のところで弾けない。
先走りの液はシャワーによって、出るはしから流されていった。 ベッドのほうが楽だったか…と思うが、この場所のほうが始末に楽だ。
DNAを含んだ体液は、シャワーを止めたらさぞ淫猥な音をさせマーカーの肉楔に絡みつくだろう。
裏から括れまでの、より敏感な経路を強めに辿る。
「んんっ…!」
手の中で己自身がビクンと達した。何回かに分けて吐き出された白濁の液体が、湯に混じり排水口に流されていった。
荒い息をつきながら、しばし顔に当たる温もりに身を委ねる。
ただの排泄。
無味乾燥とした行為で、心まで満たされることはない。
一人でも誰かとでも、同じことだった。
だが、達する時に、あの人の声が聞こえたのは何故だろう。
「馬鹿な…」
まるで思春期の子供のような想いに苦笑する。
ざっと体を流して、シャワーを止めた。
あの人の声が、自分に聞こえるわけはない。
絶対に、ありえない事だ。
あの人の声が、聞こえるはずがない。