よみもの アルエド(未来軍部)1

□冬の残像
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『エドワード』
 それは優しい、母の声。麗らかな春の日のような、暖かな声。
「かあさん」
 目の前には、微笑む母。髪をゆるやかに一つに結び、目を細めて笑う。
『エドワード、アルフォンスは?』
「いるよ、ここに」
 隣にいるはずだ。そう思って、横をみると鎧のアルフォンスが立っていた。
『いないじゃないの。どこ?アルフォンスは?エドワード、アルフォンスが見当たらないわ』
「あ・・・あ・・・」
 耳をふさいでも、声が聞こえる。優しい母さんの声から、低く、悪魔のような声に変わっていく。
 心臓が早まる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!かあさん・・・ごめんなさい!」
 闇が襲う。
 怖くて、深い、闇。
「母さん!アル!ごめんなさい・・・!!」

「・・・いさん!兄さん!」
 はっと兄は金の眼を開いた。だが、しばらく状況がつかめないようで、呆然と上をみつめたままだ。
 弟は、汗で張り付いた金の髪をすくい、頬を撫でた。
「・・・アル」
 エドワードはとっさに起き上がり、アルフォンスの頬を両手で触れる。
「暖かい・・・アルだ・・・」
 ポロポロ流れる涙を、アルフォンスは綺麗だと、思う。
だけど、この取り乱し方は、もしかして、また・・・。
「夢だよ、兄さん。大丈夫・・・」
「うん・・・、うん・・・」
 エドワードはうなずくだけだった。涙が止まるまで、アルフォンスは髪をなで、背中をなで、頬に口付けをする。
「・・・母さんが、アルがいないって・・・。いるよって俺がいったら、鎧のアルがいて・・・。まだ・・・俺は・・・罪を」
「兄さん」
 罪ということばに、アルフォンスは強く兄を呼んだ。
「罪は僕と犯したんだよ。ねえ、お願いだから、自分ひとりで背負わないで・・・」
「・・ごめ・・・ごめん・・・ごめんな、アルフォンス」
 自分を抱きしめてくれる暖かい腕がある。なのに、左足と右腕の付け根がいたむ。
 そこには、大きな傷あとがある。以前、人体錬成と、弟の魂を鎧につなげる錬成をおこなったときに、奪われた手足。機械鎧で補っていたのだが、アルフォンスの体と自分の手足を取り戻す錬成を行い、成功した。だが、奪われた痕だけが、いまだにエドワードを苦しめる。
 あの罪を思い出す度、エドワードの傷跡は痛む。機械鎧をつけていたときのような、激痛に襲われるのだった。
 機械鎧をつけていたときは、寒さで痛むことはしょっちゅうで、だがその痛みをアルフォンスには絶対に知られないようにしていた。だが、アルフォンスは知りつつも、気づかないふりをしていた。それが、兄の意地だと知っていたから。
だから、何気ない優しさで、たとえば夜中に毛布をかけるとか、栄養剤だといって痛み止めを飲ますとか。を、してきた。
「兄さん、もう少し眠ったら」
 アルフォンスはそっとエドワードの体を横たえる。そして、手足の傷痕をそっと、撫でる。
「アル・・・」
「僕はここにいるよ」
 アルフォンスは、エドワードと共にベッドへ入り、仰向けになって自分の肩にエドワードの頭をのせる。
「痛むんだよね。暖かくしてれば大丈夫」
「・・・ん・・・」
 エドワードはそのアルフォンスの優しさに溶かされる。同時に、耳に一定リズムの鼓動が聞こえた。
 やがてそれは、子守唄となり、エドワードの瞼は下がっていく。
「だいじょうぶ・・・、大丈夫」
 暖かい・・・。それは、春の日差しのような。
優しいぬくもりと、声と、心と。
だけど、いつもそれを感じながら、俺はもうひとつ感じてしまうのだろう。
 すべての罪の冷たさを、その傷跡が痛む度に。
「貴方の傷跡を見るたびに思うよ・・・。コレは、僕への罪のカタチだと。だから、貴方だけの痛みではないんだよ」
 自分のためになくした右腕。まだ、この痛みから兄は解放されていない。いや、解放してやれない自分の無力さが、僕は苦しい。
「アイシテル」
「うん・・・」
 エドワードは無意識に頷いていた。    

オワリ

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