『佐助』

『傾城・・・何だろうねぇ・・・この、いやぁな感じ』


一本杉のてっぺんで、周囲を睨む烏天狗。

隣に止まり、猫又は表情を曇らせた。

見据えた先に、靄が集まる。


『今度は・・・ただの忠告、じゃあねぇんでござんすね・・・』

『えぇ、生憎』


霞を裂いて現れる首無し黒馬。

馬上に居る夜行の薄い唇が、にぃ、と歪む。


『光秀・・・此処が何処かぐらい・・・わかっているんでありんしょ?』

『それはもう・・・ふふふ・・・小鳥が沢山・・・居ますねぇ・・・』


周囲には、烏天狗の部下達の姿。

妖しく笑んだ夜行が、巨大な鎌を一払いした。


『しまった・・・!』


烏天狗が動くより早く。
見えない何かが、その鎌の刃を束縛する。


『巻き込まれても知りんせんえ・・・離れていなんし』


ゆる、と持ち上げた猫又の指先に、煌めく細い糸。


『あぁ・・・絡新婦の糸ですか・・・これは手強いですねぇ』


言いながらも、夜行の表情に危機感は感じられない。

寧ろ、愉しんでいるかの様だった。


『傾城・・・』

『佐助、小太郎・・・すこぉしだけ・・・光秀の相手を頼みぃす』


糸が、はらりはらりと散り落ちる。


『・・・わかった・・・旦那』


一度頷いた鵺が、大猫から立ち上がる。


『あ、魔声は勘弁ね』


鵺の無言無反応を肯定であると見做した烏天狗が、影を紡いで刃を生む。


『何だろうねぇ・・・あの不気味な感じ・・・』

『・・・ふふ、ふふふ・・・貴方達が私の相手をして下さるのですか?・・・』


底無し沼を思わせる夜行の眼差しが、鵺と烏天狗の間を揺れる。

夜行が纏うむせ返る程の死臭に、烏天狗が表情を歪めた。


『そ〜いう事。傾城はアンタが好みじゃないってさ』

『おやおや、それは些か傷付きますねぇ』


ゆらぁり、と夜行の身体が揺らめくや。

重く、蝕まれる衝撃が響く。


『ふふふ・・・お見事・・・』

『そりゃどーも。俺様も、酔狂で烏天狗の長やってる訳じゃないんでね』


鎌の切っ先を刃で防ぎ、薄ら笑いで言い返す烏天狗。


『良い、退屈凌ぎにはなりそうです・・・』

『退屈凌ぎで、消えちまうかもしんないかもね?夜行の旦那』


一閃。

夜行の其れとは異なる闇が、空気を切り裂いた。


『・・・おや・・・』


少しの驚きと、好奇心の滲む目が。

鵺を捉えた。


『旦那・・・』


鵺の両の手に一対の闇色の刀。

そして、夜行の頬に走る一筋の線から滴る、妖の血。


『鵺・・・全く得体の知れぬ、存在・・・成る程・・・かの覚が興味を持つ訳ですね』


虚ろだった夜行の眼差しが、一瞬鋭く光る。


『面白い・・・貴方の首・・・頂戴すると致しましょう・・・!』


振り下ろされた大鎌を、鵺の刀が弾く。

鈍い、衝撃音が空気を揺らす。


『旦那!』

『お退き!佐助』


思考より早く動いた烏天狗の脇を。


黄泉の臭いが擦り抜けた。



『っ・・・な・・・』


珍しく露にされた驚愕の先に、禍禍しい獣の姿が在った。




→次頁に蛇足


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