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□4000hit小説
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一方的な恋愛感情が、
報われる事はない…。

容赦なく、浴びせられた
拒絶の言葉…。

冷えた指先を擦り合わせ、
そっと、手先を温めるように
吐き出した息は白く、
宙に溶けて、消えた…。




It breaks up with powdery snow.




他者を愛するということは、とても良い事だ。

その形がどんなものであれ、他者を愛し、慈しむ心は何にも勝る善なのだと、少年は自身の親とも云えるべきこの世界の創造主である男に教えられた。

数年前、その男の教えを受けたのち、少年、ザエルアポロ・グランツはその幼い、まだ芽生えたばかりの淡い恋心を、想いを想い人に告げたと同時に、その想い人であり、実の兄であるイールフォルト・グランツとの間に、決して越えられぬ、不可侵略的な一線を引かれてしまった。

その線を引いたのは、イールフォルトであり、ザエルアポロが意を決して伝えたその幼く、淡い恋心は、イールフォルトによって、瞬く間に踏みにじられてしまったのだ。

泣いて縋って、好き、だと告げた。

それが、正しい事なのだと、ザエルアポロは信じて疑わなかった。

自身の想いを押し付けるだけが、愛するということでは無い。

しかし、ザエルアポロにとって、イールフォルトは自身が最も愛する存在…。

その胸の内に秘めていた想いが、正当なものであるのだと知った今、それをイールフォルトに、彼にも同じ、この胸に広がる温かな気持ちを知って欲しかった。

受け入れて欲しかったのだ。

生来、人より幾分か自尊心の高いザエルアポロからしてみれば、それはとても勇気のいる行動だっただろう。

しかし、イールフォルトはそれを知ってか知らずか、ザエルアポロに縋るように掴まれた手を振り払い、気持ちが悪い、と、その美しく整った顔を歪めて、ザエルアポロを嘲り、罵るようにして彼の想いを真っ向から否定し、拒絶した。

それでも、ザエルアポロはただひたすらにイールフォルトへの胸の内を伝え続ける。

どうすれば、その想いが受け入れてもらえるのか。

何度も何度も、その手を振り払われる度、痛む胸を抑え、想いを伝え続けた。

失恋、それは人が生きて行く上で一度は必ず経験する事だ。

しかし、ザエルアポロはそれを知らない。

恋など、これが生まれて初めてなのだ。

ザエルアポロは、自身を邪険に扱うイールフォルトにしがみついて、泣きながら訴えた。

好きなのだと。

愛しているのだと。

しかしザエルアポロの手は、容赦なく、イールフォルトに叩かれ、振り払われてしまう。

僅かに痺れたような痛みの残る、振り払われた自身の手を見つめ、その場に泣き崩れるザエルアポロに、イールフォルトが与えてくれるものは冷めた視線だけ。

好きになってもらえなくとも良い。

その想いを受け入れられなくとも良い。

だが、せめて嫌われたくは無かった。

傍に居たいと願ったのだ。

ザエルアポロは、これが最後と、イールフォルトに言った。

イールフォルトの為ならば、何でもする、と。

どんな扱いも厭わない。

ただ、傍に居させて欲しいと、ザエルアポロはそう、イールフォルトに告げた。

イールフォルトの傍に居られればそれで良い。

あの頃のザエルアポロはまだ肉体的にも、精神的にも、酷く幼かったのだ。

その為に、招いてしまった悲劇…。

イールフォルトは、これが最後とザエルアポロが口にした言葉を、最低で最悪な形で、利用したのだ。

確かに、その唇で、冷たく吐き捨てるように、イールフォルトはザエルアポロを愛せないと云った。

ザエルアポロの感情を、真っ向から否定し、切り捨てたのはイールフォルトであるにも関わらず、イールフォルトは、ザエルアポロを抱いたのだ。

何故、イールフォルトが自身を抱く必要があるのかが、ザエルアポロには全く理解出来なかった。

その行為は肉体的な痛みだけでなく、精神的な苦痛で以て、ザエルアポロを苦しめる。

初めて味わうその行為に伴う痛みは死よりも恐ろしく、無理矢理に与えられ、引きずり出された快楽は気が狂いそうになるほどの痛みしか残さない。

ただ、ただ、痛いだけ…。

残されるのは、無理矢理に抱かれた為か、出来た裂傷、鬱血、青痣の類の外傷はもとより、今の今まで、堪えてこられた痛み。

じくじくと痛みの引かぬ胸が、今、何より一番痛い。

何でもする、とは言った。

が、しかし、潜在的な意識が、イールフォルトとのこの行為を拒絶する。

行為が進むにつれ、ザエルアポロの身体を組み敷くイールフォルトは、傲慢な笑みを浮かべ、震え、これ以上、行為を続ける事は出来ないと、拒絶の意を示すザエルアポロを無視し、尚もその行為を強要してきた。

拒む事など許され無い。

今自身に出来る事は、その額に青筋を浮かべ、機嫌を損ねかけているイールフォルトを、これ以上、逆鱗に触れ、激しい怒りを煽らぬよう、要らぬ抵抗はしないことだ。

でなければ、今自身を組み敷いているイールフォルトに嫌われてしまう。

きっと、傍に居る事さえかなわなくなってしまうだろう。

自身が、今、強くイールフォルトの行う事を批判し、拒絶すれば、その先に有るのは、自身にはとても堪え難い苦しみと、悲しみだけ。

自身の胎内に埋め込まれた、愛しいイールフォルトの性器の感覚に、ザエルアポロは今まで想い、慕い続けて来た愛する男に犯されているという事実を、痛みを訴えながらも、浅ましく快楽を感じる自身の身体を、ただ声を殺し、むせび泣きながら、どこか客観的に自覚していた。

愛するということは、何にも勝る善なのだ。

ザエルアポロは、その幼い身体で、イールフォルトを感じながら、その言葉を反芻する。

これが全ての始まりだった。

イールフォルトはその後、気まぐれにザエルアポロの身体を求めてくるようになった。

ふらり、とザエルアポロのもとへやって来ては、殆ど強姦や陵辱に近いやり方で、ザエルアポロを抱いた。

幾ら、恋愛というものに疎いザエルアポロでも、その行為が、それなりの感情を含んでいなければ出来ない行為であるという事は理解出来ていた。


しかし、決して、イールフォルトがザエルアポロの想いに応える事は無く、また、そのつもりもないようだった。

それでも、ザエルアポロのイールフォルトに対する想いは、彼に抱かれる度、大きく、大きく、膨らんでいく。

いつしか、イールフォルトもきっと、必ず自身の想いを受け入れてくれる筈だ。

そう信じ、慣れない性交、ましてや男同士というそれに耐え、ザエルアポロはイールフォルトに抱かれる度、日に日に美しく、艶めかしく、魅力的な青年に成長していった。

それが、いけなかったのかもしれない。

その美しく、どこか中性的な雰囲気を醸し出す、扇情的で艶めかしい容姿に成長しつつあったザエルアポロを、我が弟は男を喰らう化物なのだ…と。

イールフォルトは遠巻きに自身のたった一人の肉親である実の弟、ザエルアポロを見つめ、ぼんやりとそんな皮肉めいたことを考えながら、常、彼を嘲笑っていた。

端から見ても、実の兄であるイールフォルトの立場から見ても、ザエルアポロは酷く艶めかしく、美しく、そして魅力的に育っていた。

それは、決してなるべくしてなった姿では無い。

無理矢理に引き出された快楽と情欲にまみれ、恥辱と穢れを知ったからこそ、ザエルアポロの元来の美しさは、男の情欲を煽るには、充分過ぎる容姿へと変貌を遂げたのだ。

しかし、イールフォルトはそうは思ってはいない。

無意識のうちに、男を誘っているならばまだ可愛げもあるだろう。

しかし、ザエルアポロは違う。

欲に飢えた男達を如何にして誘えば獣と化させる事が出来るのかを知り、自身のその容姿が、どれほど美しいか、艶めかしく、魅力的で、男を煽るには充分過ぎるかを自覚している。

まるで、安っぽい娼婦や売女のようなそんな男だ。

誰にでも、簡単に脚を開くのだろう。

男の性器をその胎内にくわえ込んで、自ら腰を振り、快感を貪る。

そのなんと、淫らで浅ましいことか。

ザエルアポロの性は間違っても、男だ。

その男が、同じ性を持つ男を誘惑することの汚らわしさ…吐き気がする。

イールフォルトは常々、ザエルアポロの事を、そう考えていた。

自身の姿を見留め、一瞬、嬉しそうに微笑み、こちらへやって来ようとするザエルアポロの姿を視界の端に捉え、イールフォルトは小さく舌打ちをすると、徐々に近づいて来るザエルアポロの気配に、眉間のシワを寄せ、不機嫌そのものといった表情で、ザエルアポロの方を向き直ってやる。

「兄貴!」

ふわり、と甘い香りがし、すぐ傍までザエルアポロが近づいて来た事を確認すると、イールフォルトは嫌悪感のような、上手く言い表す事の出来ない奇妙な苛立ちを抑えるように、奥歯を噛み締め、自身より幾分か小さなザエルアポロを見下ろした。

ここまで走って来たのか、ザエルアポロは少々、息が上がっている。

「…何か用か、兄弟」

「え…、っと、別にそういう訳じゃないんだけど…兄貴の姿が見えたから…」

恥じらうように視線を下げ、頬を染めるその姿は、どこか加護欲を引き立てる愛らしさがある。

儚げでいて、尚且つ、愛らしい。

目先の感情だけで、人生の選択肢を左右させるような凡人共ならば、確実に、今、この目の前のザエルアポロに、惑わされ、謀かられていた事だろう。

しかし、自身は違う。

誰にでも、同じ方法で通用すると思ってでもいるのか。

イールフォルトはザエルアポロがこちらへやって来た理由を聞くと、ザエルアポロに聞こえるように、大きく舌打ちする。

瞬間、ザエルアポロの肩は大きく揺れ、イールフォルトを見上げて来るその眼には、驚きと悲しみの色が浮かんでいた。

「ど、どうして、舌打ちなんか、したの…?酷いじゃないか、せっかく…僕から、逢いに来たのに…」

「誰も、会いに来て欲しいと頼んだ覚えは無い」

ザエルアポロの声は、少しばかり震えていた。

泣き出してしまいそうになるのを我慢しているのだろう。

それを察し、瞬間、イールフォルトは自身の陶中で渦巻いた、得体の知れないモヤモヤとした感情に、再び舌打ちをした。

「とにかく、用が無いんなら早く行け、カス」

「っ…!何だよ…!」

この感情には、慣れない。

自分自身にも、ザエルアポロにも、どうしようもなく苛立ってしまう。

この感情をどうにかするには、ザエルアポロという存在を自身の視界から消せば良い。

そうすれば、モヤモヤとしたこの不可解な感情は、一時的にだが取り除かれるのだ。

イールフォルトは、妙な違和感のある胸を抑え、ザエルアポロに背を向けると、その場を去る。

ザエルポロは一人、その場に取り残されたまま、徐々に遠ざかって行くイールフォルトの背を見つめ、静かに、涙を流した。

何故、イールフォルトは自身を愛してはくれないのだろうか?

自身の想いを受け入れてくれないのだろうか?

ただ、報われぬ想いだと知りながら、イールフォルトの事を想い続けるだけ毎日…。

ザエルアポロはもうすでに限界だった。

イールフォルトに抱かれる度、性に貪欲に、快楽と恥辱にまみれ、日々浅ましくなって行く己の身体…。

それをイールフォルトが良く思っていない事を、ザエルアポロは知っていた。

しかし、どうしようも無い事なのだ。

他の誰とも比べる事は出来ないけれど、誰よりも愛しい、イールフォルトに抱かれているのだから、感じてしまうのは当たり前の事。

それに、イールフォルトに感じるように自身の身体を仕込んだのは、イールフォルト自身だ。

ザエルアポロはイールフォルトが望むのならば、どんなに辛く、痛みが伴う行為であろうと堪え続けて来た。

しかし、イールフォルトがザエルアポロ の想いを受け入れる事は無い。

疲れてしまった。

イールフォルトを愛する事も、イールフォルトに想いを受け入れてもらい、愛されたいと願う事にも。

もういっそ、この想いを消してしまえはしないだろうか。

ザエルアポロはその姿が完全に見えなくなってしまった廊下の先を見つめ、力無く、首を横に振った。

この想いを消す事など出来はしない。

出来るものなら、遠の昔にそうしていただろう。

ザエルアポロは諦めにも似た嘲笑を浮かべると、きびすを返し、その場を後にした。
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