第二本棚

□桃色の爪
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「今帰還したぞ。」
「何だよ。お帰りとでも言って欲しいのか?」


よく知る霊圧が宮の中、自室に近付いてくると思っていたら案の定兄貴だった。
ティーカップを持ったまま視線をくれてやる。
衣服に多少の汚れは認められるものの、血は付着していない。
怪我はしていないな、と考える自分を兄貴に悟られない様にそう言葉を投げると紅茶を一口飲んだ。


「いや、元からそれ程期待していないさ。…嗚呼、用件を忘れるところだった。」


一言会話を交わすだけで用件を忘れるなんて兄貴は牛じゃなく鶏なんじゃないかと思う。
兄貴は小さなモノを取り出すと僕の方に放り投げた。
反射的にカップを持つ手とは逆の手で掴む。


「何だよコレ。」


手の中の薄い桃色のソレに視線を落とし次いで兄貴に視線を向けると何が楽しいのか笑みを浮かべている。
足を進め僕の近くに来ると何の断りも無しにソファの隣の空間に腰を下ろした。


「まにきゅあ、だ。」
「……。そうじゃない。雌が喜びそうなモノを僕に、どうしろと。」
「まにきゅあの使い道なんて一つしかないだろう。塗ってみろ。」
「面倒だ。それに手袋をしているから意味が無い。」
「俺が見たいだけだ。俺が見られれば良い。何なら塗ってやろうか?」


聞きかじりらしい呼称を僕へと告げ、言うが早いか勝手に僕の手袋を脱がしに掛かる。
仕方なくカップをテーブルへと戻し反対の手を出してやると、ほう、と兄貴は意外そうな声を出した。


「もっと嫌がるかと思ったんだが。」
「勝手に脱がしておいて何を言ってるんだお前は。」


手袋を2つを重ねてテーブルへと置くと僕の手の中からマニキュアを取り上げ蓋を開ける。
消毒液とは違う、鼻を衝く様な匂いに眉を寄せた。
ふと兄貴の表情を窺い見ると同じ様な顔をしている。

左手を僕の手に添え、右手でマニキュアを塗っていく。
案外器用で人指し指、中指、薬指、小指、親指、逆の指、と殆ど皮膚にはみ出す事無く塗り終える。
この集中力をこんなところじゃなく他の場所で発揮すればもう少しまともな評価を与えてやるのにと内心溜め息を吐いた。

内心知る筈も無い兄貴はよし、と呟くとマニキュアの蓋を閉める。


「乾くまで物に触れるなよ。」


忠告に適当に返事をしておき、両手を並べて桃色に染まった指先を見詰める。
小さなラメが入っているらしい。
角度を変えるとキラキラとしていた。

指先を飾ったところで何の意味も無いのに、直ぐに剥げて見目悪くなるのに、と幾らでも文句は見付かったがこの時は口に出さなかった。


「ん、…」


ふと、頬にさらりと兄貴の髪が触れて顔を上げると唇を重ねられた。

「…抵抗しないのか?」

唇を離し吐息が触れる距離で問われる。
瞳を伏せて指先に視線を向けながら、マニキュアが付くから、と馬鹿馬鹿しい言い訳をすると兄貴は小さく笑い再び唇を重ねた。

調子に乗って咥内に差し入れてくる舌を甘噛んでやるものの更に執拗さが増し、結果自分で自分の首を絞める結果となってしまった。










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塗る意味は、ほんの少しの独占欲。

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