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結局、ザエルアポロはイールフォルトと、殆ど喧嘩別れのような形で、別れてしまったが為に、その日からイールフォルトがザエルアポロを抱きに来る事は無くなった。
と、いっても、以前までは一日置きにやって来ていたイールフォルトが、ここ一週間、ザエルアポロの元を訪れなくなったというだけの事だが、ザエルアポロは不安でたまらなかった。
その行為がイールフォルトにとって何の意味も持たず、想いなど無くとも、それでもやはり、ザエルアポロにとって、イールフォルトとの性行為は唯一、自身とイールフォルトを繋ぐ、イールフォルトの傍に居る為の行為だ。
それが無くなってしまっている今、ザエルアポロとイールフォルトの間には、何の繋がりも無い。
兄弟という血縁的な関係は、最早、ただの形式上のようなものでしかなく、それでこそ、ザエルアポロが十刃に昇格した事で、イールフォルトとは十刃と数字持ちという階級の差が出来てしまったが為に、二人が顔を合わせることは極稀な事だ。
どちらかが、一方の宮に足を運ばなければ、二人が会う事は出来ない。
一週間、イールフォルトはザエルアポロの宮へは訪れていない。
今まで、ザエルアポロからイールフォルトの宮に赴くという事は一度として無かった。
それは、常にイールフォルトがザエルアポロの宮にやって来ていたからという事と、ザエルアポロはイールフォルトにキツく、自身の宮へは来るなと言われていたからだ。
。
しかし、どうしても、逢いたい…。
会って、顔を見て、二言三言、言葉を交わせるだけで良い。
この間の謝罪もしなければ…。
ザエルアポロは意を決し、イールフォルトの宮へ向かった。
イールフォルトの宮は、第六宮の外観に隣接した第五宮と第六宮を繋ぐ渡り廊下の端に在る。
ザエルアポロの自宮のある第八宮からイールフォルトの宮までは、第八宮がザエルアポロの意向により、他の宮からは少し離れた場所にある為に、相当な距離が あった。
しかし、ザエルアポロはざわめく自身の心情を整理する為に、その距離を徒歩で向かう。
ザエルアポロがイールフォルトの宮に辿り着いた頃には、心情の整理はともかくとして、なるべく、イールフォルトの神経を逆撫でしないようにと、上手く言葉を並べられるだけのシュミレーションは充分に出来ていた。
恐る恐る、イールフォルトの宮の扉の前に立ち、ザエルアポロはゆっくりと、二度程、厚みのあるその扉をノックする。
暫く待ってみたが、その扉が開く気配は無い。
イールフォルトの微かな霊圧と、気配がその宮の内部から感じ取れる為、留守という訳ではなさそうだ。
「兄貴、僕だよ…ザエルアポロ…」
ザエルアポロはイールフォルトがノックの音に気付いていないのだと解釈し、再び、今度は強く、三度扉を叩き、再び様子を伺う。
が、やはり、その扉が開く気配も無ければ、宮の内部に居るイールフォルトの霊圧が動いた様子も無い。
もしや、自身が来ている事を知って、無視、しているのだろうか?
ザエルアポロは一瞬、自身の脳内をよぎった考えに、背筋に冷たい汗が流れたのを感じる。
それでこそ、言われていた言い付けを守らず、此処へやって来てしまっているのだ。
イールフォルトの機嫌を損ねるような事だけはしない方が良い。
やはり、帰ろう。
今日、今で無くとも、また機会はあるだろう。
そう考え、ザエルアポロが一歩、扉から後退し、もと来た道を帰ろうとしたその時だ。
ギギィ、と鈍く、蝶番の軋む音が長い渡り廊下に響き渡り、イールフォルトの宮の扉が開く。
「…兄貴!」
ザエルアポロは一つ、小さな安堵の溜め息を吐き、イールフォルトを呼んだ。
そして、一瞬かち合った視線…。
ザエルアポロはイールフォルトの傍にかけ寄り、彼を見上げ、笑みを浮かべる。
が、しかし、その瞬間、また、あの舌打ちが聞こえた。
「ど…したの?兄貴…」
ザエルアポロは、その笑みを少し歪め、イールフォルトを見つめ、何故、舌打ちなどしたのかを問う。
しかし、イールフォルトは眉間にシワを寄せ、怪訝な顔付きでザエルアポロを見下ろすだけで、その問い掛けに答えようとはしない。
「ね、兄貴、怒ってるの…?この間の事…怒ってるから…」
思い付く理由を述べながら、ザエルアポロは自身にまとわりついた妙な空気に、不意に胸騒ぎがして、息を呑んだ。
と、その瞬間だ。
「ひっ…っ!!」
ザエルアポロは一瞬、自身の身に何が起こったのか、分からなかった。
しかし、徐々に頬に鈍い痛みを感じ、自身が、今、この瞬間、イールフォルトに頬を打たれたのだと気付く。
無意識に溢れ出した涙が、ザエルアポロの頬を伝った。
「あっ…あ…あ…」
痛みを堪えるように唇を噛み締め、イールフォルトを見上げれば、イールフォルトは痛みに涙を流すザエルアポロを見下ろし、皮肉な程、満足気な笑みを浮かべていた。
ザエルアポロの唇からは引きつったような泣き声が漏れ、それが長い廊下中に児玉し、反響を繰り返す。
「俺は、此処には来るなと言ったはずだぞ?兄弟…」
イールフォルトはザエルアポロに冷ややかな視線を落とし、怒りを含んだ声音で言った。
「だ…けど、もうずっと、会えなくて…僕…っ」
寂しかったのだと、ザエルアポロは告げようとした。
が、イールフォルトはそれを耳にした瞬間、鼻先で笑って、開いた扉を力任せに蹴り上げる。
ザエルアポロは突然の事に驚き、小さく肩を震わせ、無意識にイールフォルトから一歩後退する。
「たかが一週間じゃないか…そんなに男が欲しいか、淫乱」
「違っ…そ、そうじゃない…っ!僕は…っ」
一歩、また一歩と、言い知れぬ恐怖から後退するザエルアポロに、イールフォルトが近づく。
どれだけ言葉を尽くした所で、イールフォルトは聞く耳を持ってはくれない。
「違うんだ…!本当に、僕はただ、兄貴に…会いたくて…それだけで…」
イールフォルトの眼には、明らかに怒気が含まれていた。
何とかイールフォルトの怒りを鎮めようと、誤解を解く為に、言葉を尽くす。
しかし、イールフォルトはザエルアポロを壁際まで追い詰めると、その怒気を含んだ眼を一度細め、次の瞬間、ザエルアポロの髪を強く鷲掴み、その身体を無理矢理、宮内へと引き釣り込もうとし始める。
「いやっ…!やめ、止めて…!」
ザエルアポロは髪を掴まれた痛みに、半狂乱になって、嫌だ、と、止めてくれ、と泣き叫んだ。
しかし、イールフォルトとザエルアポロの体格差と、その力の差は歴然で、戦闘では無い今の状況下、ザエルアポロはイールフォルトにされるがまま、宮内に引き釣り込まれてしまう。
「せっかく此処まで来たんだからな…お望み通り、抱いてやるさ」
ザエルアポロの身体は、冷たい、無機質な床の上に押し倒され、その衝撃でザエルアポロは小さく悲鳴を上げた。
イールフォルトの深い緋色の眼が、すっ、と細められ、あまりの恐怖に抵抗する事を忘れてしまっていたザエルアポロを見据える。
「や…っ、退けっ!僕は…っこんな事する為に来たんじゃ無い!」
ザエルアポロは一瞬イールフォルトのその視線に怯んだが、自身が此処へ来た理由を、こうした行為を行いたいが為にやって来たのだと勘違いされたままでは悔やんでも悔やみきれない。
自身に馬乗りになっているイールフォルトの腕を何度も払い退けるように両手を動かし、暴れ、ザエルアポロは初めて、イールフォルトに抵抗という抵抗を見せた。
イールフォルトの機嫌を損ねてしまう事は危惧したが、そんな事を構ってはいられない。
たとえ、こうした行為を行う事以外に、自身がイールフォルトの傍に居る意味が、存在理由が無いのだとしても、自身の気持ちまでも誤った捉え方をされているだなんて癪だ。
今の今まで、どうして自分が、イールフォルトに抱かれ続けて来たのか、イールフォルトは分かっていない。
イールフォルトが、自身を愛する事が無い事も、自身をどう思っているのかも、ザエルアポロは知っている。
だからこそ、悔しいのだ。
気持ちを受け入れて貰えない事よりも、自身の気持ちを否定される事が一番辛い。
自身の気持ちを否定されないよう、自身がどれほどイールフォルトを愛しているのかを、証明するために、自身は今まで、甘んじてイールフォルトに抱かれて来た。
相手が、イールフォルトであるからこそ、男としての面子も自尊心も、なにもかも捨てて、今まで尽くして来た。
けれど、何故、イールフォルトは理解してくれないのだろう。
初めから、気持ちに応える気も、想う気持ちも無いのならば、いっそのこと、切り捨ててくれた方がうんとマシだ。
そう考え初め、ザエルアポロは、何かがふっ切れたように、イールフォルトに抵抗し、激しく暴れた。
「っ、大人しくしろ…!!」
「い…や、だ!止めろ!このカス…っ!」
「何だと…っ!?」
イールフォルトは少しばかり動揺したが、それと同時に、一気に頭に血が上り、ザエルアポロの頭を鷲掴み、無理矢理に向上させ、荒い動作で首筋に噛み付いた。
イールフォルトはザエルアポロの初めての本気の抵抗が気に食わなかった。
。
今の今まで、どれだけの仕打ちを受けても、これといった抵抗をしなかったザエルアポロが、何故、今になって抵抗をし始めたのか。
先ほどから、ザエルアポロが此処へ来た理由を何度か述べようとしていた。
何の理由があって、ここまで、自身の言い付けを破ってまでやって来たのか、イールフォルトには分からない。
そこまでして、自身に伝えなければならない事でもあるのだろうか。
イールフォルトはその瞬間、一瞬、自身の頭の中をよぎった考えに、脳の奥が冷えたような感覚に陥る。
もしや、ザエルアポロは、自身との今の関係を清算しにやって来たのではないだろうか。
もし、そうなのだとすれば、ザエルアポロが此処へ来た理由も、先ほどから見せる抵抗らしい抵抗も、浴びせられた暴言にも、すべてに説明が付く。
初めて、ザエルアポロを抱いたあの日からは、もうかなりの年月が経っている。
ザエルアポロはあの頃よりも、うんと美しく、綺麗に育った。
そんなザエルアポロに色目を向ける輩を、イールフォルトは今まで何人も、ザエルアポロに気付かれぬよう、牽制して来た。
しかし、以前に比べれば、ザエルアポロの交友関係も確実広がっているだろう。
もし、仮に、自身が牽制し損ねた輩と、ザエルアポロに交友関係が有り、互いに想い合い初めてしまったのだとすれば…?
ザエルアポロは迷う事なく、自身との関係を清算しに来るだろう。
今の自身とザエルアポロの関係は、ザエルアポロが自身に、特別な感情を、好意を抱いているからこそ、成り立っているものであり、仮に、その感情の矛先が、別の相手に向けられたとすれば…。
自身とこれ以上の関係を続ける必要性は無い。
そこで、イールフォルトははた、と気付く。
何故、自身はこんなにも、動揺しているのだろうか?
ザエルアポロが自分以外の者に好意を、特別な感情を抱く事に、何ら問題は無い筈だ。
自身は一度、ザエルアポロの感情を否定し、拒絶した。
今も、そうしている。
いずれは、こうなる事を望んでいた身の筈だ。
それなのに何故、怒りが込み上げて来る?
矛盾している。
初めから、ザエルアポロの気持ちを受け入れてやれないのならば、ザエルアポロの心が離れた今、自身はザエルアポロを手放してやるのが普通だ。
しかし、それが出来ないのは何故なのだろう。
いや、何故、そうしないのか。
そこで、イールフォルトはようやく、今まで自身の胸中でくすぶり、自身を苦しめて来た感情の意味に気付く。
これは嫉妬だ。
イールフォルトは、無意識の内に、ザエルアポロと同じ感情を、好意を、ザエルアポロに対して、抱き初めていたのだ。
だからこそ、イールフォルトは日に日に美しく、艶めかしく成長して行くザエルアポロに、有らぬ妄想をし、不安を抱き、存在する筈の無い、自身以外の男達に嫉妬していた。
イールフォルトはようやく自身がザエルアポロを愛しているのだという事に気付くと、強く首筋に噛み付かれ、悲鳴を上げているザエルアポロから、身を離し、愕然とする。
何故、今になって気付いたのか。
何故、今の今まで、気付く事が出来なかったのか。
イールフォルトは胸中で激しく自身を叱咤する。
今思えば、これまでも、幾度か自身の感情に気付く事の出来る機会はあった。
いや、もしかすると、もう既に、その感情に気付いていたのかもしれない。
しかし、自身はそれを否定していたのだ。
その感情を知る事を恐れ、現実から目を背けていた。
すべてをザエルアポロに押し付け、自分は逃げて来た。
とんだ臆病者だ。
見下ろしたザエルアポロの首筋は、血こそ出てはいないものの、自身が噛み付いていた部位が痛々しく充血し、蚯蚓腫れのようになっている。
ザエルアポロはイールフォルトが身を引いたにも関わらず、それでも尚、抵抗を見せ、彼の少し伸びすぎてしまっていた爪が、イールフォルトの頬を掠め、そこからうっすらと血が滴り落ち、切傷が出来てしまった。
自身が付けてしまった傷跡にやや怯えた様子のザエルアポロに、イールフォルトは瞬間、頬に僅かな痛みを感じ、自身の頬に出来たその切り傷に触れ、指先に付いた血を確認すると、拳を握り締める。
すべて、何もかもが、遅すぎた。