第二本棚

□おうじさまとおきさきさま
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城を正面に見て西の高い塔にイールフォルト王子の弟が眠っているという。
その塔には殆ど人は出入りが無い。日に数人だけ。

その数人の中にイールフォルト王子の姿もある。





僕は、その塔に住んでいる。
塔の中だけが僕の居場所。

「加減はどうだ?」
「…あ、イールフォルトお兄様。」

ベッドの上で本を読んでいると僕の部屋の扉がキィという音を起てて開いた。
綺麗な金色の髪をさらりと伸ばしたお兄様が笑みを浮かべながら立っていた。
僕が嬉しそうな声を上げると後ろ手に扉を閉めてゆっくりとベッドまで歩いてきてくれる。

「ご飯はちゃんと食べているな。良い子だ、ザエルアポロ。」

ベッド脇のテーブルの上にある空になっている食器を見ると口許を緩めながら僕の頭を撫でてくれた。
とても優しくて、暖かい手。

お兄様はベッドに腰を下ろすと今まで僕が読んでいた本を覗き込んでそっと手に取ると読み聞かせてくれた。
難しい言葉も噛み砕いて説明してくれるからとても分かり易い。

見目も綺麗で、頭も良くて、大好きなお兄様。
僕はお兄様が大好き。お兄様が僕の世界の全て。





城を正面に見て西にある塔に俺の死んだとされている弟は、軟禁されている。
俺は其処へと毎日足を運ぶ。大事な弟に会う為に。

自らの勢力を伸ばす為に血族内での性交を禁忌と知りながらも繰り返してきた我が一族。
俺達一族は、金色の髪に少し赤みがかった茶の目を持って生まれる。
しかし、ザエルアポロは禁忌の罪を一身に受けてしまい桃色の髪に黄色みがかった目を持って生まれてしまった。
俺の父、今の王は禁忌を犯した罪を無かったものとすべく生まれたばかりの弟の姿見てすぐに殺そうとした。
身篭り十月十日己の子として育ててきた母は泣いてどうか命を取る真似まではしないでくれとせがんだ。

弟は生まれたその日に殺される事は無く、今日までを生きている。
世間には生まれたその日に死んだと公表し、その生が尽きるまで西の塔に軟禁するという条件。
王にとっては寛大な処置だった、らしい


その時の俺はまだ子供だった。
弟が生まれてきてくれてとても嬉しかった。
すぐに殺されてしまうと聞かされてとても悲しかった。
何も出来なかった。
そして己の無力を怨んだ。悔やんだ。

弟の住まう西の塔には今は食事を配給する者しか出入りを許されていない。
父は弟に会う為に西の塔へと毎日足を運ぼうが俺の行動に口を出したりしない。
アレにとっては世継ぎは俺しか居ないのだ。
城の中の奴等は、塔へと通う俺は弟の為に毎日祈っているとでも思っているのだろう。

まともな教育を受ける事すら出来ない大事な弟。
俺は望めば女であろうが何であろうが手に入る身分。
俺と弟は血の繋がった兄弟。
ただ、髪の色、瞳の色が違うだけでこの差別。何故、だ。

俺は毎日毎日塔へと足を運び、文字の読み方、書き方…その沢山の事を教えた。
利口な弟はすぐにそれらを覚えた。





「僕、女の子に生まれたかったな。…そしたらお兄様とずっと一緒に居られたのに。」
「…女、に?どうしてだ?」

ベットの上で本を読んで居た弟は不意にそうぽつりと零した。
暫くの間弟の顔を見詰め、意味を問うべく口を開くも弟は眉を下げながら曖昧に笑い本に視線を落とした。
数頁本を捲るとぱたんと小さな音を立ててそれを閉じ再び俺を見る。

「ホラ、女の子だったら結婚出来るでしょう。そしたらずっと一緒に居られるから。…でも子供は要らないな。ずっと閉じ込められたら可哀想だから。でも子供が二人だったら寂しくないかな…。」

言葉最後独り言の様に声量を落としていくとベットに転がり何も言えずに居る俺に背を向けて仕舞った。
弟の寝転がるベットに腰掛け片手を伸ばし癖のある髪を撫でてやると擽ったそうに肩を竦める。

「お前が女で無くともずっと一緒に居られる方法はあるよ。」
「本当?」

弟はごろりと寝返りを打つと嬉しそうに目を輝かせ髪を撫でていた俺の手を握った。
問い掛けに一度頷き肯定を示すもそれ以上の言葉を俺が続ける事は無かった。





お兄様が結婚する。
相手は何処かの国のお姫様。
とても綺麗な人で性格も良いのだと食事を配給する使用人が話しているのを聞いた。
とても悲しかった。
お兄様はずっと一緒に居られる方法があるって言っていたけど、そんな事無理なんだって分かっている。
僕は、あの時に死んで仕舞っている事になっているから。

「…条件を呑むと言った癖に、結局謀れたか。…、クソ。己の甘さに呆れる。これじゃあ何の為にあんな、」

扉の向こうからお兄様の声が聞こえる。
苛立って居て何時もと違って口調が荒い。
もしかしたらお兄様は本当はそうなのかもしれない。
初めてお兄様を怖いと思った。

暫くして、扉が開くと何時ものお兄様が居た。
優しく笑んでいる。でも少し疲れている様に見えた。
お兄様は部屋に運ばれたまま手の付けられていない食事を見ると困った様に表情を曇らせる。
食事なんか喉を通る筈が無い。
僕の世界が終わろうとしているのだから。

「食欲が無いのか?体調が悪いのか?…どうした?」

重ねて問い掛けられる言葉に黙り込んでいると心配そうに顔を覗き込まれた。
その表情にもっと悲しくなった。
今にも泣きそうになって顔を俯けた。

「……、お兄様。結婚おめでとう。」

そう言うとお兄様は目を見開き、何かを伝え様と唇を振るわせた。
僕はそれから目を背けて言葉を続ける。

「幸せになってね。僕、お兄様と一緒に居られて幸せだったよ。でもね、お兄様にはもっと幸せになって貰いたいから、…だから、だからね…。此処に、もう、僕の所に、来なくて、っ…良いから、ぁ…」

泣かない様に泣かない様にと思っていたのに一度零れた涙を止める事が出来なくて、しゃくり上げて仕舞った。
身体が震えるのが止まらなくて唇を噛み締めるとお兄様に抱き締められた。
首をふるふると横に振っても離してくれなくて、余計に力が強まった。
片手が背中に回り上下にゆっくりと撫でられる。
身体の震えが止まり涙で濡れた顔を上げるとお兄様が指先で拭ってくれて、手を差し出しながら笑った。

「行こうか、ザエルアポロ。」

何処に?なんて聞く事も忘れて僕はお兄様の手を握っていた。





初めて外に出た。
夜の風は少し冷たかったけどお兄様の手が暖かかった。
柔らかな地面の感触、濃い草の匂い、何もかも初めてだった。

「初めからこうして居れば良かったな。これからはずっと、二人一緒だ。」
「う、ん…、」

ひやりとした感触が首に押し当てられると一気に横に引く仕草をお兄様がするとあ、と小さな声を漏らし僕の身体の力が抜けていく。

「次に逢える時には、俺がお前の王子で、お前が俺の妃だと良い、な。」

掠れた声を生を手放しかけまともな機能を果たさない耳で聞き、それでも僕はとても満たされた気分で瞳を閉じた。

「……している。」

僕の聞いた最後の言葉。





家臣達が消えて仕舞った王子を探しに出ると、城を出て街へと続く道の途中、よく似た少年と寄り添い死んでいる状態で発見された。
その表情はとても安らかだったという。











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不完全燃焼。

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