第一本棚

□呼び方
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最近アレは自分の事をお兄ちゃんとか兄さんとか兄貴とか呼べと五月蝿い。
今日もまた、だ。

「我が兄弟よ」

馬鹿みたいに声量の調整が出来ていない大きさでそう言うと僕の部屋の扉を、これもまた遠慮というものを知らない音を立てて開けた。

「何。用が無いなら帰れよ、カス」

入ってきたコレをちらりと見て作業を止めるのも癪だと思い、続けながら語尾の言葉を強めると綺麗な形を描いている眉をひくりと吊り上げまた口を開いた。

「話をする時は顔を見るものだぞ。というか俺はカスでは無い。お前の兄さんだ。いや、妥協して兄貴でも良い」

一体何が妥協なんだ

ずかずかと歩みを僕の所まで進めてくる。コレを見上げなければならない状況に若干苛く(のは内緒なのだけど)
仕方なく作業を止めてやり見上げて居れば両肩をしっかりと掴まれ腰を屈めて顔を近付けてきた。

見目だけは良いコレ。
不覚にもドキリとしてしまった、が、そんな事は認めたくないから自分と似ている顔に対してナルシズムと落ち着けておく事にする。

「痛い。離せ。帰れ。低能。」

手短に解りやすい言葉を並べてやるとコレはふるふると小さく震え出した。そして息が掛かる位に顔を近付けお互いの額が付きそうになる。

「お前は兄の事を何だと思っているんだ。昔はあんなに可愛く…イールフォルトお兄ちゃんなんて呼んで…っ」

言いながらコレは天井へと視線を上げていき口許には気持ち悪い笑みを浮かべてへらへらしている。

一体何の話だよ。
目の前でトリップするのは止めてくれ。どうしてこんなのが…

溜め息混じりにコレが言う昔を思い出そうと記憶を探ってみるも該当するものが見当たらない。…抹消した気がしないでもない。
視界にまた綺麗な金色が広がった、と思って居るとさっきまでの表情は何処へ行ったのか真剣な眼差しで僕を見詰めていた。

「兄としての命令だ。呼ばなければこのままお前に接吻する」
「……は?接吻とか熟語を使えば頭が良いとでも思ってるの?ホント、付き合って居られない」

僕は思わず言葉を失った。僕とコレとの世界が数秒無音になった気がする。
あまりにも呆れる果ててしまう命令にコレから顔を背け身体をよじりこの体勢から抜け出そうとした。
諦めたのか左肩を固定する為に置かれていた手が退かされ、やれやれ漸く解放されたと思っているとその手が僕の顎に添えられて背けた顔を向かい合う様に戻されると、そのまま唇が押し付けられた。

その感触はとても柔らかくて、とても優しくて。

突然の事に体温が一気に上がる。
まさかこの馬鹿が本当にするなんて…色素の薄い顔が朱くなっている自信がある。

「…ッ、呼べば…呼べば良いんだろ…っイールフォルト兄貴!馬鹿!出ていけ!」

思い切りコレを蹴飛ばし唇をこれみよがしに拭いながら従属官に命令を下し扉を開かない様にしっかりガードさせた。扉が閉まっていく隙間から満面の笑みを浮かべているアレの顔が見えた気がしたが、きっと気の所為。そんなの知らない。

扉越しにまた来るからな、と声が聞こえた。もう来なくて良いと心の中で呟いた。
体温は既に離れてしまっているのに名残惜し気に唇へと指先を触れさせている僕が居た。不覚。

触れた体温に鼓動が速くなった、何とも言い様が無い感覚が身体にびりびりと広がった。

一体何を考えているんだよ…馬鹿…
これじゃあまるで








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ツンツンな弟。弟にはいつまでもお兄ちゃんと呼んで欲しい兄。
兄に接吻って言わせたかったのは内緒(笑



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