第一本棚

□the previous night
1ページ/1ページ


今思えば

何故、言わなかったのか
何故、伝えなかったのか

嗚呼、後悔ばかりだ





自室にて追い詰められ逃げ場を失ってしまった身体は背中に解剖台、前には兄が自分を見据えているという状況。
お互いの身体と身体との距離はもうほぼ無いというのに更に詰められる。

どうにか距離を取ろうと解剖台に手を滑らせ身体を逸らすと自分の呼吸音しか聞こえない無音に近い中、耳に煩い金属音を立て床へとメスやハサミが散らばる。
手に取って武器にしようという考えは浮かばない。

イールフォルトは床に散らばったそれをちらりと横目に見るも気にした様子も無くただ無言でザエルアポロに見下す様な視線を向ける。

「……、一体何を考えてるわけ?」

息が詰まる様な無言の中堪えれずに口を開いたのはザエルアポロの方。
相手が何を考えているのか分からない今刺激するのはあまり利口な考えでは無い、と首を僅かに傾けながら問うってみる。

あくまで内心の焦りを悟らせ無い様に平静を装って。

追い詰められる状況に心当たりが無いわけでは無い。
事ある毎に兄を見下した態度を取ってきたのは自分の方だ。
しかし、今まではそれを苦笑と共に流してきたではないか。
それならば、何故。

恐らく思案する表情を浮かべていたのであろう。
そんな様子にイールフォルトは口を歪ませながら笑むと真っ直ぐザエルアポロに向かい片手を伸ばす。

伸ばされる手と兄の表情を何のアクションも起こす事が出来ずに見詰めていると、到達した。
自分の首に。
片手でしっかりと押さえ込みの効く細い首にゆっくりと力が込められていく。

「ど、…いうつもり?従属官の、くせに…」
「お前の蔑む従属官に今こうされて居るのは、端から見ればどれ程滑稽だろうな。兄弟?」

今まで沈黙を守り続けていた口が開かれそこから吐き出された声色は普段の温かな温度を欠く酷く冷たいモノだった。

こんな兄を僕は知らない。

「このまま力を込めれば死ぬ。そうすれば俺は晴れて十刃入り、か?」

まるで何処か自嘲する口振り。
初めて見る兄の様子に首を圧迫する手を引き離そうとする為添えた自分の手に差程力を入れられずにいる。

きっと、これは、恐怖。

除々に首へ込められる力が増していく。
首筋を包んでいる襟部分の上から爪を立てられ圧迫される鈍い痛みと皮膚を裂こうとする痛みの両方を感じる。

本気で殺そうとしている。
本格的に息が出来なくなり頭が冴えない。何もかも有耶無耶になってくる。

意識が堕ちかけた瞬間手を離された。
急に肺へと取り込まれる空気に酷く噎せ、膝からがくりと崩れ落ちそうになる。

「…っは……はぁ…なっ、に?」

その片腕を兄に取られ身体を引き上げられると解剖台に伏せさせられ組み敷かれる。
しっかりとした言葉を発せずにただ乱れた息のまま首を捻り怯えた表情を浮かべてしまう。

今となってはもう平静を装える余裕は無い。

自分の背中にぴったりと胸板を押し当て肩口に顔を寄せてくる。
顔にはきっと先程見たばかりのあの歪んだ笑みを浮かべているに違いない。

「愛染様に実の兄に殺されかけ、犯されました、と訴えてみるか?……、不様だろうな」

言いながらくつくつ、と小さな笑いを漏らしていたと思えばとうとう堪え切れなくなったのか言葉最後身体を震わし声を上げる。

それでも感じるのは投げ掛けられる言葉の屈辱以上の恐怖。

犯される。これから、兄に。


「俺を憎め」










「ぃ……っ、ぐ…う」

無理矢理に圧し進めてくるそれに幾ら声を堪え様ともくぐもった声を上げてしまう。
解剖台に身体を伏せられ、ろくに慣らされる事もされなかったそこに兄の起立したものを受け入れさせられ痛みに震える。

「…は、っ…苦しいか…?兄弟」

滑りの無いそこに押し込め何度も腰を打ち付けられる。
快楽は疎か引き攣れる痛みしか生まないのであろうそこにイールフォルトは短く息を吐く。
その声色にはザエルアポロを労るものは含まれていない。
ただただ、冷たい。

「う、ぁ…ッく」

何故こんな事になってしまったのだろうか。
訳の解らない状況に、身体の痛みに、うっすらと眼球に膜が張る様に涙が滲んできた。
何もかもが、痛い。

涙を零しそうになる顔を隠す為に下を向いていると後ろから手を伸ばされ自分の首筋を這う。
また首を絞められてしまうのでは無いかという味わったばかりの酸欠の恐怖に顔を伏せたままに喉が引き攣る。
そのまま顎にまで這い上がり、咥内に長い人差し指と中指を突っ込まれた。
咥内を犯され飲み込む事の出来ない唾液がゆっくりと顎を伝い解剖台へと落ちていく。

「恐怖しろ兄弟」

急に咥内の指を引き抜くと今度は上半身を這い下り下肢へと伸び、唾液に塗れた手で痛みに萎えたままの性器を嬲られる。
くちゅりくちゅりと水音を立て僅かに生まれた快楽に意識がそちらに向いてしまう。

内股が小刻みに痙攣し始める頃にはもう部屋に響く水音は唾液の滑りだけでは無い。

「…や、あ…ぁっ……」
「ン…誰よりも強く憎悪、刻め……そして、俺という存在を、も…っ」

兄が長い言葉を発しているのを徐々に遠く暗く沈んでいく意識の中で聞いていた。
言い終わると同時に突き上げられ身体を裂くのでは無いかという痛みと何処からか滲む少しばかりの悦楽にびくりと背を反らしそのまま意識を手放した。










一体何時間経ったのだろうか分からない。
重い瞼を引き上げ目を開くとそこはやはり見慣れた自分の部屋だった。
しかし何故か身体はベットの上に横たえており、服を着替えさせられ、ぬるりとする不快感が消えている。

あの全ては何もかも夢だったのでないか、と。

身体を起き上がらせる為に動かすとぎしりと軋み下肢が激しい鈍痛に見舞われる。
期待は直ぐに虚しく裏切られる。

部屋の中に残る精の独特な臭いに脳の片隅が認めたくないと言わんばかりに吐き気が込み上げ口許を押さえる。
胃液で喉が焼ける。

夢では無かったのだ。
この身体に遺る痛みがそれだ。

何故、どうしてと半ば放心状態での自問の中、目が覚めてから数時間後グリムジョーに連れられ現世へと降りた兄が死神に遣られ瀕死だという報告を受けた。










延命治療との名目で部屋に瀕死の兄の身体が運ばれ、あの解剖台に乗せられている。

今この時この部屋にはまたイールフォルトとザエルアポロだけ。

「どうして…?」

はぁはぁと兄の不規則な耳障りな呼吸音が聞こえる中、小さな声で呟くと天井に向いていた顔がゆっくりとこちらを向く。

「っ……そこに居るのはお前か、兄弟…?悪いな…目があまり、よく見えないんだ…霊圧も上手く感じ、取れない…」

途切れ途切れだが苦笑しながらの話し方は何時もの兄のものだった。
違うのは綺麗だったその顔の左半分がほぼ削げ落ちてしまい無くなっており、何とか顔に残っている右目も濁り始めている事。

「悪い、な…」
「……」

謝罪の言葉を口にする兄に何も言う事は出来ずに一定の距離を保っていたのを自分から詰めていきまるであの時の兄を模すかの如く見下げる様にその身体を見詰める。
もうあまり見えていない目を細めると残っている、と言っても皮膚は焼け焦げぼろぼろになり骨すら見えている右手を自分へと伸ばされてくる。

今更瀕死の兄に何が出来ようか、と恐怖は感じ無い。

髪に指先が触れると何処にそんな力が残っていたのかそのまま引っ張られ解剖台に手を付くと兄に顔を寄せる形になる。
口角をゆっくりとぎこちない所作で持ち上げると笑んだ。
歪んではいない。優し気な笑み。

「俺は、誰よりも…愛していた、…ザエルアポロ」

ザエルアポロの口の端にイールフォルトは唇を掠める様に触れさせ、初めての小さな口付けを落とすと引っ張られていた髪から力が抜けだらりと腕は解剖台から落ちそのまま動かなくなった。

兄は死んだのだ。





今思えば

何故、言わなかったのか
何故、伝えなかったのか

嗚呼、後悔ばかりだ

誰よりも、愛していた
それは僕も…










********************
忘れられる位なら憎悪の対象で良いから俺を覚えていてくれ、と。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ