第一本棚
□でれつん
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「グリムジョ〜?イールフォルト兄さんは居る?」
桃色のふわふわな髪を風に揺らして6の宮に訪れたのはザエルアポロ。
グリムジョーの前で立ち止まると後ろに手を組み細い首を傾げて聞いてみた。
「あぁ。中に居るぜ。呼んでくるか?」
「ううん。10時にここで待ち合わせしてるから大丈夫」
グリムジョーは親指を立てて中を指し教えてくれた。
それに対して横に首を振るとにこりと笑みを浮かべる。
只今の時間は9時45分。
「それにしても15分前ってのは早くねぇか?」
「デートに遅刻しちゃう様なだらしない子は嫌われちゃうんだよ。大好きな兄さんに僕、嫌われたくない」
日常茶飯事なこの言動にそうか、と納得したグリムジョーは夢見る少女のみたいな顔をするザエルアポロを見ていた。
暫く他愛の無い会話、大体はザエルアポロによるイールフォルトとの惚気話を聞かされていると10時を少し過ぎた。
途端にザエルアポロは落ち着きなさそうに爪先立ちになって宮の中を見る様にしたりしている。
ザエルアポロとイールフォルトは血の繋がった実の兄弟。そして愛し合う恋人同士。
イールフォルトも満足していた。一点の問題を除いて。
「お。噂のナイトが来たぜ?」
「あーん、やっと来たぁ」
グリムジョーがひらひらと片手を上げるとイールフォルトはそれに気付いたらしく少し歩調が早くなった。
ザエルアポロもイールフォルトに向かい歩き出していた。
これから起こる事を予想すると苦笑が止まらないのは青髪の男の方。
「悪い待たせたな、ザエ……ぐはっ」
手の触れられる距離まで後一歩とというところまで来た瞬間。
イールフォルトの身体はくの字に折れる。
腹部にがっつりとザエルアポロの蹴りが入った。
「遅いんだよ!僕を待たせるなんて良い度胸だね、このカス」
地面に倒れ込んでしまったイールフォルトが吐血して汚れた口許を拭い、立ち上がろうとしていところ蹴りを入れたモーションから腕組みに変えていたザエルアポロに襟首を掴まれる。
一体細い身体の何処にそんな力があるのかずるずると引きずられていく。
グリムジョーは何も言わず、言えずにただその光景を見ていた。
問題なのはツンデレならぬデレツンなところにある。
他人に対しては幾らでも惚気を吐けるのに恋人のイールフォルトに対してはどうしても甘えるだのといった類いの事が出来ない。
とてもとても大きな問題。
ザエルアポロに好き勝手連れ回され失血多量で死んでしまうのでは無いかという程に殴られ蹴られ吐血等をしたイールフォルトは心身共にボロボロになってしまっていた。
元々細かった顎のラインが更にげっそりとコケた様に見える。
夜に漸く自分の部屋に帰ってくる事が出来るとひと息付けた。
ザエルアポロは綺麗な顔をむすっと脹れさせて表情を曇らせている。
恋人らしく隣に座り、さて何と聞こうかと悩んでいると横目にギロリと睨む様に視線を向けられた。
「兄貴は、この僕と居て楽しく無いわけ?」
「楽しく無いわけが無い。が、ただ毎回これだと流石に俺の身体が保たん。」
ぎしぎしと軋む腕を動かして見せるとザエルアポロは僅かにしゅんと落ち込んだ風に視線を落とした。
それに気付かなかったイールフォルトは色が変わってしまい痛む頬を指先で摩りながら続けた。
「他の奴らとは楽しげに話しているが、俺にはあまり笑顔すら見せてくれないじゃないか。…俺の事本当に好きなのか?」
ただ単に有利な立場で振り回したいだけじゃ…
問いと同時にザエルアポロは下げていた顔ごと視線がばっという擬音が付く程の勢いで上げイールフォルトを見詰める。
イールフォルトは少し軽い気持ちで、少し位は反省してくれても良いだろう、と聞いた事を後悔した。
綺麗なカラメル色の瞳をうるうると潤ませると顔をすぐに伏せてイールフォルトに飛び込んできた。
「だっ、て…だって…恥ずかしいじゃないか…」
おでこを胸元に押し付けるとぽかぽかと力の無い手で叩いてきた。
声には今までみたいな覇気は全く無く寧ろ不安に揺れて今にも消えて無くなってしまいそうだ。
とても申し訳ない気持ちなったイールフォルトは両頬を両手の平で優しく包み顔を上げさせ様する。
ザエルアポロは泣き顔を見られたくなくていやいやと子供が愚図る仕種を見せた。
それでもおでこにちゅとキスを落とすとびっくりしたのか、泣いてしまい朱く染まった目許のまま目を合わせてくれた。
「酷い事を言ってすまない…ザエルアポロ。許してくれ」
イールフォルトは泣いてしまった所為で熱を持った目尻に唇を触れさせて何度も何度も謝った。
「泣かしてしまった俺が言うのも何だが…ほんの少しで良いから、俺にもお前の笑顔を見せてくれ。好きだよザエルアポロ」
好きの言葉に心底幸せという表情になるとイールフォルトの首に腕を回しきゅうっと抱き着いた。
「少しずつで良いなら…」
ザエルアポロは小さな声で呟くと頬に頬を擦り寄せてきた。
とくんとくんと早い鼓動の音が聞こえてくる。
不意にぴったりと寄せていた身体を離すとザエルアポロは顔を見詰めてきた。
どうした?という様にイールフォルトが首を傾いで見せると恥ずかしそうに微笑みながら。
「好きだよ…イールフォルトお兄ちゃん」
「……ッ」
イールフォルトはザエルアポロの予想しなかった呼び方に、表情に、ぶっという音を起て鼻血を噴出させた。
「ちょ…っ、どうして鼻血!?」
ザエルアポロは目をぱちぱちと瞬かせるとあまりにもびっくりして鼻血の処置の方法を忘れてしまったのかがくがくと今まで抱き着いていた身体を揺さ振った。
ザエルアポロが少し素直になった事によりイールフォルトの失血量は今までに増した様です。
「すまん…呼び方は兄さんにしてくれ。お兄ちゃんだと色々保たん…」
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これからは理性との戦いになります。