第一本棚

□手を繋ごうか
1ページ/1ページ






幼い頃の弟はいつも俺の後ろを付いて回っていた。
俺の姿が見えなくなると今にも泣いてしまいそうな不安な声でお兄ちゃんと呼んでいた。
そんな姿が可愛らしかった。愛しかった。

よく手を繋いで二人で歩いていたものだ。





「イールおにいちゃんまってぇ…」

何処かに行くつもりは無いが俺の歩みに付いて来る事が出来ない弟は、はぁはぁと息を切らしながら後ろを小走りに追い掛けてくる。
聞こえてはいるがまだ歩みを止めてはやらない。後、もう少し。

「おにいちゃ、ん」

ぐすっぐすっと徐々に何度も何度も俺を呼んでいた声に泣き声が混じり始める。
嗚呼、きっとこのままでは弟は泣いてしまうな。

不意に歩みを止めてやると直ぐ近くまで来て居たらしく腰位までしか身長のない弟が振り向いた俺にこつんとおでこをぶつけるとそのまま後ろに尻餅を付いた。

「あぁ、大丈夫かザエル?」
「…うん。だいじょうぶ」

さも今気付いた様な素振りを見せ弟の前にしゃがみ込んで視線を合わせてやる。
尻餅を付いて痛かったのか、俺に追い付けて安心したのか今にも涙が落ちそうになっている。
指先で涙をそっと拭い、俺を追い掛けぶつけてしまい少し赤くなったおでこを撫でてあげるとにっこりと嬉しそうに弟は笑った。

尻餅を付いて未だ座り込んだままだった身体を起こしてやり、服に付いてしまった汚れを払ってやる。

「ありがとうイールおにいちゃん」
「どう致しまして。」

特に行く宛ても無いのだが、さぁ行こうか、と片手を弟に向けて伸ばしてやると何も疑いもせず握り返される。
本当に愛おしい。

「ねぇ、おにいちゃんおにいちゃん」
「ん、どうした?」

握ったままの手をくいくいと引っ張られるともう一度俺は屈み直した。
弟ははにかみながら抱き着いてきて、

「ぼくね。おにいちゃんがだいすきだよ」

小さな指揃えて耳元に添えるとそっと恥ずかしそうに囁いた。
愛しい愛しい弟の小さな身体に痛みを与えない程度に力を入れて抱き締め返してやると俺も耳元で囁いた。

「俺は愛しているよ。」
「あいしている…?」
「そう。ザエルを愛している。」





懐かしい会話を思い出しながら先を歩いている今は随分と(他の奴等に比べれば狭いが)広くなった弟の背中を見ていた。
あまりにも懐かしく愛おしい弟の様子、口調、に今では有り得ないなと口許に笑みが浮かぶ。

「付いてくるなよ…ていうか、何笑っているわけ。気持ち悪いんだけど。」

振り向いた弟が一人口許に笑みを浮かべている俺の表情を見ると眉を寄せて軽蔑する様な眼差しを向けてくる。

本当は歩いている俺との距離が開いたからどうしたのかと振り向いたんだろう、分からないとでも思っているのか。

「ふ…何でも無いよ、ザエル?」
「…っ、その呼び方止めろよ。もう僕は子供じゃ無いんだ。」

愛しさに思わず笑いが口から漏れてしまった。
弟はふいっと前に顔を戻してしまうと唇を尖らせ拗ねた様な口調で零す。
その仕種が子供っぽいという事に気付いていない様だ。

ザエル、と呼ぶのを今の弟は嫌っている。
仕方ないなと「弟」と呼んでやったら「早く産まれたからって僕を馬鹿にするな」と言われたので今は仕方なく兄弟と呼んでいるわけだが。

離された距離を詰めるべくほんの少し早足で弟を追い掛けその隣に並ぶと横目にちらりとだけ俺の姿を確認してくる。
俺と同じブラウンの目。
身体の横で歩みに呼応して揺れている手を取りきゅうっと優しく繋いでみた。

「何だよ、これ。離せ。」

繋がれた手を軽く持ち上げるとじっと俺を見上げてくる。

振り払えば解ける程度にしか繋いでいないというのにそうしないという事は本当は離して欲しくはないのだろう?

「嫌だ。離さない…ずっと。」

柔らかな笑みを浮かべて当然の様に答えてやると弟はそっぽを向くもあの頃の様に手を握り返してくれた。
嗚呼、何て愛しいのだろう。





「ねぇ…これから何処へ行くわけ?」
「そうだな。お前となら何処へでも?」
「……、何それ。馬鹿じゃないの。」









********************
嘘じゃないさ、お前となら何処へでも行ける。何にでもなれる。

元ネタは日記妄想文。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ