第一本棚
□not cannibalism
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「ねぇ。
兄さんが死んだら僕がその身体を全て平らげてあげるよ。
心配なんかしなくて良い。
アイツ等…僕の従属官みたいに汚く食べ残したりしない。
全部綺麗に食べてあげる。
…、だからそのパーツを無くす様な無様な死に方は止めてくれよ。」
そんな事を話したのは何時の事だっただろうか。
人の話を、弟の話すら覚えて居られないなんて。
何も発さない、自ら動けない、これは死体だ。
「だから、パーツを無くすな、って言っただろ」
硬い寝台の上に寝かされ、あの赤髪の死神の手によって殺されたイールフォルトの死体をザエルアポロは見詰めていた。
綺麗な顔が血に汚れている。
手を伸ばし青白くなっている頬に触れると乾いた血がぱらりと白い寝台に落ちる。
ザエルアポロはそれを綺麗な紅だと思った。
兄のものならば何でも。
決して異常な精神状態では無い。
頭は冴えている。冷静な状態。
「…嗚呼。
人肉はね、柘榴の味がするらしいよ。
手足はよく煮込まないと。
兄さん脂肪が無いから食べ辛いかもね。
そうだ。
シチューにしよう。
……。
ビーフシチュー…?」
ザエルアポロは静かな部屋の中で独り言をぽつりぽつりと零す。
暫しの間を空け、はた、と気付きク、ハハと小さく声を上げた。
我ながら傑作だね、と。
「そうだ。
脳はカルボナーラにしよう。
とろりとして、きっと蕩ける様に美味しいよ。
だって兄さんの脳だし。」
頬に添えていたザエルアポロの手を首筋を辿り胸、腹へと滑らせていく。
内臓の幾つかは駄目になっている。
とてもあの死神が憎い。
だけどまだ大丈夫。
左半身の空いた箇所から体内へ指先を差し入れる。
固まりきっていない血液がザエルアポロの白い手袋を紅く濡らす。
指の根元までしっかりと濡れると手を引き抜く。
固まりかけているそれはつぅっと紅い糸が身体から指に掛けて繋がる。
舌を這わしながらゆっくりと口に含む。
じゅ、という啜る音と同時にイールフォルトの血の味が広がり恍惚とした表情を浮かべた。
「うん。
血液は多量に摂取すると嘔吐作用があるからね。
酒と割ろうか。
大丈夫。
僕が全部飲んであげる。
毎晩。」
口に手袋の指先を含んだまま反応を返す筈の無いイールフォルトに柔らかく笑い掛けた。
イールフォルトの血とザエルアポロの唾液に濡れた手袋で寝台に広がる金色の髪に触れた。
今はもう焼け切れ少し短くなってしまった髪。
「僕。
兄さんの髪、好きだよ。
僕のなんかと違って、いつも綺麗だと思ってた。
抱きしめてくれる腕も何もかも好き。
だから髪も骨もちゃんと残しておく。
骨は足りないところ僕が作って標本に。
髪も飾っておく。
毎日梳かしてあげるからね。」
金色の髪を弄んでいた手をもう一度頬に持っていく、両手でそっと包む様に添えた。
薄っすらと開かれたままの冷たい唇にザエルアポロは自分の唇を重ねる。
ちゅ、という小さなリップ音。
イールフォルトの血の味がした。
最初で最後のキスが血の味だなんて、少しだけ素敵だと思った。
「大好き。
イールフォルトを愛してる。
僕が、殺したかったのに、な。」
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日記に書いたものに大幅加筆。
決してカニバリズムのザエルアポロでは無い。