第一本棚

□違えたくは無い約束
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此処は何処だ。
全てが黒い。闇だ。

此の両の目は開いているのか。
何も見え無い。

何かが目許を覆っているかもしれない。
其の何かを払おうと手を持ち上げようとする。
全く動か無い。
いや、俺の手は在るのか。

口を開く。
何の音にも成ら無い。
空気の漏れる音すらし無い。

俺には、俺という身体は無いのか。
意識は今、此処に在ると云うのに。

前にも同じような事が有った気がする。
有った筈だと言うのに思い出せ無い。
何時か、過去の記憶では無いのか。

立って居るのか、横たわって居るのか、身体は…此処は、何処なのだ。


 「………」


不意に聴覚が何かを捉らえた。
何か聞こえた。気がした。

一体何を言っているのか分から無い。

唯の音か。名前か。
……しかし、呼ばれて居る気がする。

此れは、俺の名前?


 「………」


嗚呼、此の声は知っている。
泣いて居るのだ。
声に鳴咽が混じっている。
涙を止めて遣らなければ成ら無い。
声に応えてあげなければ成ら無い。
其れが俺の役目で有り、…そうで無いと彼奴は。
酷く弱くて、酷く脆い。
今度こそ傍に居て遣ると俺は誓ったのだ。


「…イール、フォルト…っ」


今度は今までとは違いはっきりと聞き取れた。










「…、ザエルアポロ…?」

身体を乱暴に揺す振られて薄っすらと目を開くと視界に一杯のザエルアポロの顔があった。

どうやら俺はザエルアポロの手が空くまで、と適当に椅子に腰掛けていた筈が任務の疲れも相俟って何時の間にかそのまま寝ていたらしい。
(何の実験か分から無い唯数字が並んでいる様にしか見えない其れを熱心に紙に写し取っている処までは辛うじて覚えて居たのだが。)

俺が名を口にするとザエルアポロが酷く喜んで、酷く安堵したように見えた。
一瞬そんな表情を見せたかと思えば、赤らんだ目を細め睨む様な目を向けてきた。

「…勝手に此れを占領しないでくれ。此処には僕の分しか無いんだ。」

腰を下ろしている椅子の脚を乱暴に蹴ると常とは明らかに違う表情の顔を見せたくないのか顔を背けられた。
両の腕をザエルアポロへと伸ばし、腰へと回し力任せに此方側へと引き寄せた。
無理に体勢を崩された身体はぐらりとよろめき俺の足の間、椅子に腰を下ろす形になった。
ザエルアポロは首を捻り煩わしいといった様子で睨んでくるもそれ以上、然したる抵抗は示さない。
離さないとばかりに更に腕に力を込め、背中に胸元を押し当てそのままザエルアポロの肩口に顎を乗せ唇を耳許に寄せた。

「もう、置いては逝かない。」
「……、約束は違えるなよ。」



常と変わらない高圧的な言葉は、常とは違い泣き声に掠れて居た。











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「闇と光」イールフォルトVerのような物。

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