小噺

□吹き抜ける風、届かぬボクの声
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伝わらなかった想いは、いつかきっと、風となり、舞い戻る・・・・








―吹き抜ける風、届かぬボクの声―








桜の咲き乱れる4月。執務室から窓の外を眺め、盛大に溜め息を吐く男が一人。


「っはぁ〜・・・・」


その表情は正しく“悩ましげ”と表するのが相応しいもので。それまで黙ってその様子を見守っていた副官も思わず心配そうに声をかける。


「・・・市丸隊長?どうかされたんですか・・・・?」


だが、声をかけられた当人は、恐る恐ると形容するのがピッタリなその声にさして反応も見せず、ただ返事とは到底呼びがたい、活気のない唸り声を上げるのみ。


(本当に元気がないな・・・どうせまた日番谷隊長絡みだろうと思ってたけど・・・もしかして体調でも悪いのかな・・・・)

四番隊にお連れした方がいいかな、と吉良が本気で心配し始めた時、不意に市丸が口を開いた。


「・・・なぁ、イヅル?」

「えっ、はい、何ですか?」

「桜、綺麗やね」

「は?あ、そうですね・・・・?」


何の脈絡もない、いきなりの桜の話。この人は急に何を・・・と不思議がる吉良を無視して、再び盛大な溜め息を吐き、呟いた。


「・・・・日番谷はんと見たら、もっと綺麗なんやろなぁ・・・・」


その呟きがとても悩ましく、艶っぽかったために、一瞬呆気にとられた吉良だったが、すぐに正気を取り戻し、同時に軽い眩暈を覚えた。

(・・・・やっぱり日番谷隊長絡みか・・・・)

その呟きは声には出さず、さも聴こえませんでした、とばかりに市丸の机の上にバサバサと書類を置いた。


「これ、今日中に目を通してくださいね」


その声に、またしても市丸はさして反応を示さず、ただう〜ん、と唸るだけ。さすがの吉良でも少し腹立たしく感じ、軽いイジワルを言ってみる。


「・・・そう言えば、日番谷隊長は仕事の出来る人が好きだって仰ってたなぁ・・・・」

「!!」


それはほんの軽い気持ちで言ったイジワルだった。だが市丸には効果覿面。バッと机に向き直り、普段では考えられない集中力を見せ付けたのだった。


(・・・本当に日番谷隊長が関わると人が変わるんだから・・・・)

真剣な表情で仕事をする自分の上司に、吉良は苦笑を投げかけた。




「つ、疲れた〜・・・」


すっかり日も暮れ、普段こんな時間に執務室に居ることのない市丸は、机に突っ伏し、弱弱しい声を上げていた。


「こない仕事したん、初めてちゃう?自分で自分を褒めたりたいわ」


その一隊の隊長とも思えぬ発言に吉良は苦笑しつつ、隊長らしいな、と温かい目を向けた。そしてお茶を渡すときに、そっと囁いた。


「後は僕だけでも大丈夫ですから、部屋にお戻りになってください」


ええの?と嬉しそうな顔を浮かべる市丸に笑顔を向け、そして、少し演技っぽく付け足す。


「そう言えば、青流門の丘の桜がすごく綺麗らしいって松本さんが言ってたなぁ・・・」

「へ?青流門?乱菊?」


唐突に出た言葉に不思議そうな顔をする市丸に対し、頑張ったご褒美です、と笑顔で言う吉良。その様子にさらに首を傾げつつ、市丸は執務室を後にした。



(・・・ご褒美って・・・桜見て来いゆーことなんやろか?)

自室に戻る途中、いつもとは違う、どこか少し楽しそうな副官の様子を思い出し再び首を傾げる。

(ボクが桜に見とれとったからやろか?気ぃ利かせてくれたんかな?)

「・・・・行ってみよ」


本当は、桜自体には大して興味はなかったのだが、副官の気遣いが嬉しく思えたので、足を伸ばすことにした。

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