小噺
□ボクの負け
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『おい?本当にどうしたんだ?』
「あ・・・や、何でもあらへんよ」
『でも顔が赤いぞ?熱でもあんじゃねぇのか?』
大丈夫、と答えようとしたその時、市丸の視界が急激に低くなったことに気が付いた。
(え・・・何事や・・・?)
戸惑ったのは一瞬。次の瞬間には理由が明らかになっていた。日番谷が市丸の着物を引き、彼の顔を自分の目線まで下げていたのだ。
それだけでも十分に市丸を動転させたのに、さらにトドメを刺すように額に手を当ててくる。
『・・・やっぱり少し熱ぃな・・・・風邪でも引いたか?』
「?!?!」
(な、何やのっ?!日番谷はんがボクに触っとる!心配してくれとる!・・・っちゅーか、顔近い!!めっちゃかわええっ!!)
心配そうに市丸の顔を覗きこむ日番谷。そんな可愛らしい表情に市丸が耐えられるはずもなく・・・・
「っ・・・・日番谷はんっ!!」
(後でどんだけ殴られてもええ!ここでキスせな、男が廃る!!!)
などと、訳の分からぬ理論に後押しされ、意を決して日番谷の肩を掴み、ゆっくりと顔を近づけた。――が、次に日番谷が起こした行動は、予想だにしないものだった。
『ん?どうした?・・・あぁ』
何かに納得したかのように呟くと、何を思ったのか市丸の額に自分の額をくっつけたのだ。
「?!な、何を・・・・」
『何だよ、大人しくしろよ・・・・熱、計るんだろ?』
「・・・・・・は?」
予期せぬ日番谷の発言と行動に、市丸は全身の力が抜けるのを感じ、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
『お、おい、市丸・・・大丈夫か?』
「だ、ダイジョウブ・・・てゆーか・・・君のそれは天然なん?」
『は?何がだよ?』
「や、分からんならええねん・・・・」
『何だよ、変なやつだな。つーか、熱は?大丈夫なのか?』
「ああ、平気や・・・日番谷はんが心配してくれたからな♪」
『何バカなこと言ってやがる。ほら、大丈夫なら早く立て。隊首会いくぞ』
「・・・・起こして?」
『・・・・置いて行っていいんだな?』
「・・・・ごめんなさい」
慌てて立ち上がる市丸に、日番谷が微かに微笑みを見せる。もちろん、それが市丸の心を昂らせているなど少しも思いもせずに。
(ほんま、敵わんなぁ・・・・)
今日もボクの負けや、と天を仰いで小さく呟く。
それは、いつもと同じようで、いつもより少しだけ穏やかな、春の朝の一幕・・・・
Fine.