小噺

□吹き抜ける風、届かぬボクの声
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ゆっくりと、暗くなった路を歩くこと数分、目的の場所に辿り着く。そこは特に桜の名所と言われている訳でもなく、樹の数も少ないのだが、毎年必ず美しい花を咲かす。今年もやはり控えめな並木は美しい花を披露していた。


――だが、この時市丸の視界を支配したのは咲き誇る桜の花ではなく、その下で桜を見上げる人物だった。

(え・・・日番谷はん・・・?!)

驚きのあまり声が出そうになるも、すぐにその声は飲み込まれた。

桜を見上げる表情はとても柔らかで、微かに笑みを浮かべている。月影に映える翡翠の瞳は眩暈がするほどに艶やかで、風に靡く銀の髪は季節はずれの雪のように輝いている。

瞳が、意識がその姿に奪われて、もう息を飲むことしか叶わない。

(・・・ほんまに、綺麗な子やな・・・・)

その美しい少年に見つめられる桜に嫉妬しそうになったその瞬間、不意に凛と透き通った声が響く。


『・・・で、お前はいつまでそこに居るつもりだ?』

「えっ・・・?」


まさか気付かれてるなんて思わなかった。まして声をかけられるなんて。驚いて、返事に詰まってしまう。


『桜、見に来たんじゃねぇのか?何でそんなとこに突っ立ってんだよ』

「や・・・日番谷はんの邪魔になるんやないかと思って・・・」


『はっ、何を今更。遠慮ならもっと早くしろっつの』


それまで桜に向けられたままだった日番谷の瞳が、市丸に向けられる。なかなか自分を映してくれない瞳をじれったく感じていた市丸は、日番谷に近づきつつ、思わず本音を零す。


「・・・やっと見てくれはった」

『あん?』

「・・・や、こっちのこと。ひゃ〜・・・ほんまに綺麗やね〜」


日番谷の横に立ち誤魔化すように桜を見上げる。それに釣られるように日番谷も桜を見る。
訪れる静寂、流れる穏やかな空気。


(なんか・・・泣きそうや・・・)


ふと見遣れば、そこには柔らかな表情で桜に微笑みかける愛しい人。


(今なら、茶化さずに想いを伝えられるかも知らん・・・)


普段は冗談まじりにしか言えない想いの全てを。


「・・・日番谷はん」

『ん?』


再び向けられた瞳は、表情は、桜を見遣っていたものそのままに。それが市丸の感情を昂らせる。



「っ・・・・」

『おい、どうした?』

「日番谷はん、あんな、ボク・・・」


なんだか泣いてしまいそうな情ない自分を励ますように、一度間を置いてもう一度口を開いたその時、強い風に紡いだ言葉が攫われた。

そして攫われた言葉の代わりに、月明かりに透き通る花びらが雪のように2人の上に舞い降りた。


『・・・ははっ、すげぇ』

「ほんま・・・めっちゃ綺麗や」


その美しさに、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。何故だか、とても心が温まる。


『・・・で?何か言おうとしなかったか?』

「あ〜・・・やっぱええわ」



なんだか、桜にタイミングを奪われて、今更という雰囲気になってしまったことに肩を落とすが、隣には尚笑顔を浮かべる愛しい人がいて。それだけで、心が満たされた気がした。

ただ、想いを伝えようとしただけ、ただ、好きな人に見つめられただけ。それだけで、有り得ない位、気持ちが昂って、泣いてしまいそうで。だけどとても幸せで。




(なんや、もうそれだけで十分な気がしたんや・・・)









Fine.

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