小噺
□もう一つの花言葉
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「なんだ、吉良か・・・何か用か?」
「はい、書類を届けに来たら、檜佐木さんの姿が見えたので」
「そっか」
わざわざ悪いな、と言おうとした時、吉良が遮るように切り出してきた。
「四葉のクローバーの花言葉って御存知ですか?」
「・・・はぁ?」
唐突すぎるその問いかけに、思わず変な声で答えてしまう。
「花言葉ですよ。知ってます?」
「・・・いや、生憎そういうのは詳しくねぇ」
「2種類あるんですよ」
「へぇ〜・・・」
花言葉なんかにさして興味のない檜佐木は無関心そうに手の中のクローバーを弄びながら応じる。吉良はそんな様子に笑いながら話を続ける。
「一つは“幸福”」
「・・・まぁそれは普通っつーか、当然だな」
「もう一つは・・・・」
何か勿体振る感じで間を空ける吉良に、何だよと視線を向けると、吉良はニコニコと微笑んで答えた。
「・・・“私のものになって”」
「えっ・・・」
「それ、大切に想う方に差し上げてみたらどうです?」
きっと、悩む前に動けっていうお告げですよ、と付け足すと、吉良はまだ仕事あるんで、と言って去って行った。
「お告げ、か・・・」
思いもよらない吉良の助言に暫くの間、放心状態になってしまった檜佐木だったが、思い立ったように立ち上がり、走り出した。――他でもない、好きな人の元へ。
少し息を切らして、辿り着いた十番隊執務室。扉の前で呼吸を整え、ノックする。
入れ、と言う声聞くと同時に心臓が高鳴る。もう一度深呼吸をし扉を開けると、書類を整理する愛しい人の姿が目に入った。
『檜佐木か。どうかしたのか?』
凛とした声が体中に響き渡り、自然と笑みが零れる。
「今日はその・・・日番谷隊長にプレゼントがありまして」
そう言って、震えそうになる手を懸命に落ち着かせ、差し出す。
『ん?へぇ、四葉のクローバーか・・・珍しいな。・・・でも何で俺に?』
「あ〜っと、それはですね、つまり・・・それはつまり、いつもお世話になっている日番谷隊長に“幸福を”と思いまして・・・」
『え?』
一瞬、呆気にとられた日番谷だったが、すぐに意味を理解すると、ありがとうと柔らかい笑顔を浮かべた。普段なかなか見られないその可愛らしさに、檜佐木は顔を赤らめずには居られない。
「喜んでもらえて嬉しいです。じゃあ俺、仕事に戻りますね」
『ああ、本当にありがとな。・・・・あ、檜佐木』
「はい?」
『最近、調子が悪ぃみたいだったが・・・大丈夫か?』
心配そうに尋ねる様子に、檜佐木は心が芯から温まるのを感じた。
「ご心配ありがとうございます。もうすっかり良くなりました!」
(もう一つの花言葉は伝えられなかったけど、)
ささやかなプレゼントに向けられたあの柔らかい微笑みを、自分の体を心配してくれたあの優しさを、心から愛しいと想うから。
(今はこれで十分なんだ。いつか、もっと胸を張って伝えられる、その日まで)
――もう一つの言葉は、あの四葉のクローバーに預けておこう・・・・
Fine.