小噺2
□君に酔う
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俺が酔ったのは、桜じゃなくて。
―君に酔う―
想い人を見つけたのは、偶然だった。
無性に会いたくなって、でも、一応仕事中だから、用もないのに執務室を訪ねるのは気が引けて。
だから会いたい気持ちでいっぱいのまま、その自分を慰めるように、綺麗な桜の花びらに導かれるまま此処に来た。
そして見つけた。
満開の桜の木の下で、それはそれは綺麗な顔で眠る、想い人を。
「・・・寝顔、綺麗・・・だな」
それはこれ以上はないと思える程に美しい光景で、少なくとも俺はこんなに美しいものを他に知らなかった。
「これじゃ、桜が可哀想だ・・・」
この季節、この場所で、綺麗だの、素晴らしいだのという褒め言葉は、全てが桜の独占するところなのだろうが、今この瞬間だけは、その美しさも霞み、ただ一人の人物を引き立たせることしか適わない。
そんな俺の思いに嫉妬したのか、同調したのか、ふわりと風に舞い踊るかのように、花びらが眠る麗人の頬に口付けをした。
「・・・あ」
桜色・・・というのか、薄い上品なその色は、驚く程に白い肌によく映えて。
――綺麗だ
それは桜への思いか、愛しい人への思いか。多分、両方へ向けられたものだろう。そう感じたその瞬間、頬に口付けた花びらが、自慢するかのように揺れた。
「・・・ずりぃな」
本当は、俺がしたかったのに。桜に先を越されるなんて。
桜にまで嫉妬する俺は、他の奴から見たら、さぞ馬鹿な男なんだろう。でも、それほどまでに、俺は・・・・
「この人が好きなんだよ・・・」
そう呟いて、愛しい人の頬で微かに揺れる花びらに唆されたかのように、だけど「花びらを取るためだ」なんて自分に言い訳をして、ゆっくりと口付けた。