小噺2

□本気の戯れ事
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流されるな
揺れるな
戸惑うな

あいつの言葉は
すべて只の

・・・戯れだ





  本気の戯れ事





「日番谷隊長、お疲れ様でした!!」

『ああ、お疲れ』


終業時間もとうに過ぎた隊舎の廊下に響く挨拶の声。頬を撫でる涼しい夜の風。微かに聴こえる虫の音。

・・・いつも通りだ。

だけど違う。何かが足りない。

何が?

足りないのは・・・あいつだ。


いつもなら、自室に向かうこの廊下で、あいつが待っている。あの巫山戯た締りのない顔で、一方的に取留めの無い話をして、そして・・・


そこまで思い出して、思考を止めた。

何で俺がこんなことを考えなくちゃならねぇんだ。

気に、してるのか?俺が?あいつを?

冗談じゃない。俺は迷惑していた筈じゃねぇか。清々してもいいくらいだろう?なのに・・・


・・・ちくしょう。全部、あいつの所為だ。

あいつが、あんな表情を見せるからだ。




――数時間前


「日番谷はん〜」

『おい、こら。窓から入ってくんなって何回言えば分かるんだよ』

「まぁま、堅いこと言わんで。ほら、お土産持ってきてるし」

『理由になってねぇよ』


俺の怪訝な声も言葉も無視して、市丸はまるで自分の部屋にでも居るかのようにソファで寛ぎ始める。

この男はいつもそうだ。ふらりとやって来ては、締りのない顔で笑いながら、くだらない話をして、そして。


『・・・いつも言ってるがな、人の顔ジロジロ見んなよ』

「やって、日番谷はんのこと好きなんやもん」


ニコニコと表情を緩めて、冗談事を言う。これもいつものこと。この男はすぐに巫山戯たことを言って、俺をイライラさせる。


『くだらねぇこと言ってんじゃねぇ』

「何で?本気でそう思ってるんやけど?」


とてもじゃないが本気とは思えない口振りだ。どう考えても、俺を揶揄っているとしか思えない。


『・・・そーかよ』


だから俺も早々に相手をすることを諦めて、仕事に集中することにする。これがいつものパターン。

それなのに。


「ボクは本気やよ?」


今日だけは、いつもと違った。本来なら会話途切れるか、さらに冗談めかした言葉が続けられるかのどちらかな筈なのに。


「ボク、日番谷はんのこと好きやよ?」


口調が声が、いつものものとは違って。少しだけ動揺してしまう。

もしこれが冗談なら、酷く質が悪い。でも市丸もことだ。真剣な振りをして、揶揄おうとしてるに違いない。こいつはそういう奴なんだ。

相手が別の奴なら俺だって・・・


『そういう事は、本気で口説く時に言え。・・・俺はお前の戯れに付き合ってる暇はねぇよ』


そうだ。俺はこいつに付き合ってやる程暇でも、お人好しでもねぇ。もう沢山だ。だから早く・・・出て行ってくれ。


そう思って書類に集中し直そうとしていると、前の方で市丸がソファから立ち上がる気配がした。

漸く帰るのか。そう思って少し安心した。何故かこいつと一緒に居ると心が乱れるんだ。


「日番谷はん」

『え?』


ふと顔を上げると、いつの間にか市丸が俺の前に立っていた。
・・・俺の知らない表情をして。


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