小噺
□ボクの負け
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麗らかな早春の朝。週始め定例の隊首会に向かう途中の静やかな廊下に、不釣合いの素っ頓狂な声が響き渡る。
―ボクの負け―
「ひっつがっやは〜ん♪」
独特のイントネーション。いつも通りのゆるーい感じの中にも嬉しさを隠しきれていない声の主は、言わずと知れた三番隊の隊長・・・
『ん?・・・なんだ市丸か・・・・』
「なんだは酷ぉない?せっかく逢いに来たんに」
『はぁ?馬鹿か、お前は。隊首会に来たんだろーが』
「違いますー、ボクは日番谷はんに逢いに来たんですー♪」
『うわ、バカヤロ、抱きつくんじゃねぇ!!』
後ろから抱き着いてきた市丸の腕を掴みながら、市丸の胸に後頭部を押し付けるように上を見上げ睨み付ける日番谷。
もちろん当の本人は威嚇のつもりでしている行動なのだが、市丸からしてみれば襲いたくなるほど可愛らしい。
(う、わっ・・・なんやこれ・・・えらい可愛らし・・・・)
思わず綺麗な翡翠の瞳に見入ってしまう。いや、見惚れてしまうと言うのが正しいだろうか。
『おい、何ぼけーっとしてんだよ?』
日番谷の瞳に引き込まれすぎて、力がぬけてしまったのだろう。いつの間にか日番谷は市丸の腕の中をすり抜け、正面を向いて、頬を染めている市丸を不審そうに眺めていた。
「あ、あら?いつの間に抜けてしもたん?」
『はぁ?お前大丈夫か?』
いつも反応の素早い筈の市丸の呆け(惚け?)具合に、さすがに日番谷も心配になり、少し近づき市丸の顔を覗きこむ。
(かっ、かわええ!なんやのこの子は?朝っぱらからボクの理性を試しとるんやろか・・・?)
普段あまり見せることのない日番谷の表情に、またしても市丸は見惚れてしまう。