NOVEL
□First kiss
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「少し強引すぎじゃありませんか?」
ここは、蔵馬の部屋。
そこには、床に押し倒されているこの部屋の主と、その上に覆いかぶさる黒尽くめの妖怪・・・飛影がいた。
「なんだ、床じゃ嫌なのか?」
言いながら、蔵馬の身体を軽々と抱え上げ、ベッドへと移動し、壊れ物を扱うかの様にそっと寝かされる。
その動作は普段の飛影からは考えられないくらい優しいものだったから、ますます蔵馬は混乱する。
やばい、流されてしまいそう・・・髪を優しく梳かれながら、蔵馬はこの状況をどう乗り切ろうか思案するが、淫猥な空気に飲まれかけた思考はさらさらと流れて行ってしまう。
その間にも飛影は蔵馬の着ていたシャツをたくし上げ、柔らかな素肌を撫ではじめる。
「ちょっ・・飛影・・・!」
これはいよいよ本格的にマズいと、蔵馬は手を伸ばして抵抗を始めた。
「チッ・・面倒だな」
蔵馬の少しの抵抗が気に入らなかったのか。飛影は苦虫を噛み潰した様な顔を見せ、蔵馬の手を振り払った。
「もういい」
飛影はゆっくりとした動作でベッドから降り、窓枠に足を掛けた。
「飛影・・!?」
蔵馬の驚いたような声の方には一度も振り向かず、飛影は夜の闇へと姿を消した。
一体、飛影は何を考えているのだろう。
窓から入ってきてすぐ、きつく抱きしめられた。咄嗟のことだったからすぐには理解できず、その場に押し倒されて、飛影と目が合ってからやっと、抱きしめられていた事が状況として飲み込めた。ただ、その事と、この状況を受け入れる、という事はまた別の話で・・・
蔵馬はやっとのことで、冒頭の一言を発したのだった。
なぜ、キスさえもしようとせず、抱こうとした?
なぜ、たった少しの抵抗に腹を立て、去ってしまった?
それでは自分は、娼婦と同じ扱いではないか。
そこまで考えて蔵馬は気づかされる。
キスをされなかったから、娼婦のような扱いだったから、自分は今腹を立てているのだ。
飛影に抱きしめられた事に、しようとした行為に、優しく髪を梳く大きな手に、ひとつも不快感などなかった。
残された蔵馬ははだけられた服のまま、自分自身の訳のわからない感情に、苛苛と膝を抱えた。