『永い時の中で』

□夢に憧れて 第六話
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ちくしょう、ちくしょう。
あぁ、こんちくしょう。











「弁当に嫌いなもん入ってる…」
「比古の嫌いなもの?」
「ごぼうのきんぴら…」

三連休の休みを前にした平日最後の日の昼休み、風音先生が席をおく社会科準備室には何人か社会科の先生がいる。
一年のとき担当だった先生や三年担当の先生と複数の人が昼飯を食べている。
その三年担当の先生が尋ねてきた。

「なんだ、玖上。こんなに美味しいものが、食えないのか。」
「土臭いのが嫌なんです、わかるよな、浩正。」
「悪い、比古。俺の家和食派だからそういう日本の野菜は好きな方。」
「以下同文。」
「裏切りもの〜!!」

比古と俺たち双子と彰子はよくつるみ、同級生や先生たちには仲のいい四人組か、親同士仲がいいと認識されている。
ちなみにいま彰子は教室で女友達と一緒に食事をしている。

そもそも俺たちがここにいるのは風音先生に呼ばれたからだ。呼ばれたのは俺と比古だけだったが…いくら浩正に六合がついているとはいえ事情もあるし、と連れてきた。
風音もわかっているはずだからこの部屋に来たらわかるだろう。
比古と話が盛り上がっている間に部屋にいた全員の教師と入れがわって真鉄がやって来た。

「体育臨時講師の真鉄先生が社会準備室に来るなんて珍しすぎるね。」
「俺は歴史にも詳しいぞ、浩正。」
「真鉄ーっ、ひどいじゃないか。弁当に俺の嫌いなもん入れるなんて!」
「お前の栄養不足を補っているんじゃないか、ちゃんと食えよ。あと学校では先生な。」

そういいながら弟の頭にデコピンを打つ。職場と家庭の区別をつけようとしている真鉄にたいし、なかなか比古は先生とよべないでいる。
比古に言わせればずっと兄と慕っていた兄弟に別の呼び名で呼べないそうだ。

浩正はさっきの会話から花を咲かせた。
どうやら二人暮らしの彼らの家では真鉄が料理担当らしい。

「真鉄は料理が出来るけど掃除は駄目なんだよなぁ。」
「役割分担が出来ていいじゃないか。」

その点うちの浩正は口だけが達者なので家事はなにもできない。いまの御時世、男も手に技をつけなければなにも出来ないぞ。いや、裏の仕事は出来るけどな。
そうしている内に風音先生がやってきた。

「あぁ、ごめんなさいね。六合を撒くのに時間がかかっちゃった。」
「その六合はどこに行ったの?」
「しばらく追いかけっこをしていたけど、結局晴明様に呼ばれていっちゃったわ。」

呼ばれた内容はたぶん、物の怪がいないことと関係があるのだろう。

つい先日以来浩正の体は異常事態に陥っている。
決まって朝、浩正が夢をみている時間帯に限り憧憬が現れる。
さいわい神将の気付かぬ内に押し留めることができたが、現れる度に俺を見て微笑むのだ。

「それで、先生。なんの御用ですか?」
「そうなのよ、今から研修出張で二日ぐらい帰れないの。おば様に念のためにもう一度伝えておいてほしいの。」
「風音姫もですか、俺もですよ。」
「え、えぇ!俺聞いてないよ!!」

今からとはずいぶん急だと浩正と比古は言うが、俺はなんとなく感づいていた。朝のHRで風音先生が午後から学校にいないと言っていたからだ。
ちなみに明日から土日を含めた連休で授業はない。研修にはもってこいの日取りだろう。

「安心しろ、もゆらもたゆらもいるし。困ったことがあったら咲子さんに頼んである。」

不満たらたらな比古の頭を乱暴に撫でながら真鉄は、俺に目を合わせて話す。

「だからしばらく…」
「わかりました、浩正と帰れないんですね。」
「あー、やっぱり昌行がお願いしていたんだな。おかしいと思った。いくら知り合いとはいえ毎日真鉄先生と風音先生のどっちかと帰るなんておかしいと思った…。」

鈍い浩正でも怪しいと思ったということは神将にも感づいているだろう。風音先生もそれとなく、六合や騰蛇に聞かれたらしい。そのときは適当にはぐらかしたと風音は言った。

「で、昌行。なんで先生たちにそんなこと頼んだわけ?」
「そりゃ浩正が頭悪いから四六時中ずっと賢いことばかり言ってくれってお願いしたのさ。」
「あー確かにこの間の小テストは赤点…っておい。誤魔化すなよ、昌行。」
「浩正、昌行っ。もうすぐ予鈴なっちゃうよ。」

比古に言われたままに急いで弁当を口にかきこんでいく。
浩正が食べることに一生懸命な内に風音から耳打ちされた。

「さっき晴明様から式来たわ。『昌行のことでなにか知らないか』と聞かれたの。家で天空の力を借りて憧憬を封じ込めたのが、みんな勘繰り始めているみたい。」
「…そうですか。」


『決断』の時は近いと高於の神は告げた。
じい様や神将が勘づき始めたということは『昌浩』であると話さなければならない日も近いだろう。


そして憧憬と戦う日も。その時が来れば、俺はもう決めている。

俺は――……









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