◆オリジナル◆
□『基本は三倍返し…お判り?』
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部屋の前にどさっと置いてあるダンボール箱を見て、笹塚夏季はがっくりと肩を落とした。
とうとうこの季節の到来である。
(バレンタイン……)
この大量の箱の中身は、ほぼ全部チョコレート。
想像するだけで冷や汗が出てきた。
(苦手、なんだよなあ、チョコ)
嫌いじゃない。でも好きでもない。
この学院へ入って大量にもらうようになって――正直、飽きたのだった。
これを友人に言うと、嫌味だ!と殴られる。
「どうすっかな、これ」
腕を組み、う〜むと唸っていると、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。
この声は――。
「笑ってないで、助けろよ、馨」
「相変わらずすごいな」
この学院は男子部と女子部に分かれているため、女子部からの贈り物はこうやってダンボールに入って配達される。
が、去年にもまして今年は男子部からの箱が多い。
どうもそれが隣に並んだ長身の男は、ツボだったらしい。
「なんだよ」
「いや、本当にすごいね、この数は」
「うう……とりあえずさ、部屋に運ぶの手伝ってくれよ」
「了解」
軽々と持ち上げて、夏季が押さえているドアをすり抜ける。
そんなに広くない部屋の片隅に、ダンボールの山が出来上がった。
馨が扉を閉めに行っている間、一番近くの箱を開けてみる。中はカラフルなラッピングで一杯だった。
「わぁ〜……」
小さなモノから大きなモノまで。
手作りらしいモノから有名ブランドのモノまで。
チョコはクラスの仲間に食べるのを手伝ってもらうとして、問題は物だ。
アクセサリー、流行りのCD、服……自分の趣味じゃないやつはどうすればいいんだろう。
「本気なやつ、ある?」
肩に乗せられた顎から、声が響いてくる。
「ん〜どうだろうな〜直接渡さないってことは本気じゃないんじゃね?」
「そうかな」
「……声が低くなってますよ、馨さん……」
いつの間にか腰に手が回っていて、脇腹をゆったりと撫でられている。背中にあたる馨の体温な心地よい分、声の温度の低さが際立っていた。
「妬いてるからね」
「ったってお前、自分だってもらってんだろ?」
「もらってないよ」
「へ?」
びっくりして肩越しに振り向くと、彼は真っ直ぐこちらを見ていた。
「俺はひとつももらってない」
「嘘だよ、だってこうやって勝手に届くじゃないか!」
「馬鹿だね、お前は」
「はあっ?!っ…ておい!!」
急に身体を反転させられ、よろめく。慌ててしがみつくと、そのまま抱き締められた。
「一般生徒には、プレゼントお届け制度はありません」
「え?そうなの?!」
本気で驚いた声を出すと、馨は呆れたように溜め息をついた。
「本当に知らなかったのか」
「……うん」
「じゃあまあ仕方ないけど。生徒会のメンバーだけだよ?毎年こんなもらってるのは」
だから俺は一つももらっていない、そう呟いて頬を指の背で撫でられる。
甘い仕草に照れくさい気分になったが、どうしても気になることがあった。
「馨のこと、好きな女子が居るって聞いたことがある」
「……どこで仕入れた情報?」
「……もらえなかったのか?」
疑問に疑問で返すのはズルいと思ったが、まあ今回は許してもらおう。
まっすぐ見上げた夏季に、馨は悲しげな表情を見せた。
「もらえたよ?でも受け取るわけにはいかないだろ?」
「……あ」
「みんな真剣だったから余計に、ね」
髪をそっと撫でるのが最近の彼のお気に入りで、今もゆっくりと感触を楽しんでいるらしかった。
が、断った人たちのことを考えている時は、指がぎこちなくなるようで、それは馨の優しさを表しているような気がした。
「……なんか……このダンボールの山、どうしよ」
馨はこんなにきちんと考えているのに、自分ときたら趣味があわないモノをどうするかなんて、くれた子に申し訳ないことで悩んでいた。
自分の考えのおよばなさにへこみ、額を押し付ける。
「せっかくだから大切に使わせてもらいえばいいんじゃないか?」
「ん。そうする。」
大人しく頷く。
馨は髪を撫でながら、頭にキスをした。
「で?」
「ん?」
「俺にはくれないの?」