【第1話】
あれは誰だろう?暑さのせいで目が霞む。心にまで侵入してきそうな蒼い空と全ての生を否定するかのように永遠に続く砂漠の中に俺はいた。遠く遥か向こうで白い女が手を振っている。俺はそれに応えようとするが身体が動かない。全身が痺れ意識が遠のく。ああ、これが最後ってやつか。ふと目を開くと10:16と無機質に光る見慣れたデジタル時計が見えた。なんだ夢か。俺は傍らにあったペットボトルの水をカラカラに渇いた己の中に一気に流し込んだ。10:21…いけね!今日はハナちゃんとデートの約束だった!俺は顔を軽く洗うと、食パンを1枚くわえて貧乏長屋を飛び出した。

【第2話】
まずいな、確実に遅刻だ。俺は待ち合わせの場所まで焦る気持ちを抑えながら急いだ。待ち合わせの時間から一時間の刻が過ぎる頃、ようやく俺はそこへたどり着いた。そこに彼女の姿があった。しかし、何か様子が変だ。数人の男に囲まれ、いつもは太陽のように明るいその表情は見たことがないくらい曇っている。「姉ちゃん!そんな来もせぇへん男を待っとらんと、わしらと茶でもしばきに行こうや!」「えっと、あの…、でもタケシ君はきっと来るから…」
まるで迷子になった子供のように、今にも泣き出しそうな彼女は心細げに言う。と、その時彼女の目に俺の姿が映ったようだ。途端、彼女の顔からは怯えの色が消え、パァッと花が咲いたように笑顔が舞い戻ってきた。彼女がこちらに駆け寄って来る。それに男達が続く。


【第3話】
「おう!にいちゃん!えろう別嬪はん連れてるやないけぇ。わしらにも幸せのお裾分けしてくれへんか」男達のリーダー的な一人が俺に詰め寄って来た。「ねぇ、今日はどこに行こっか?私、タケシ君が生まれ育ったあの山の向こうに行ってみたいな。」ハナちゃんのその曇り無き眼(まなこ)には既にこの無宿者共の姿は映っていない。その瞬間、俺は江戸時代へとワープした。やばい!なんでこんな時に。俺は気持ちが高ぶると意識が前世へタイムスリップしてしまう悪い癖がある。リテ ラトバリタ ウルス アリアロス バル ネトリール 俺は困った時のおまじないをそっと呟いた。


【第4話】
「真之介様!もう朝ですよ!早く道場に行かないとまた父上に叱られます!」今日もお華さんは元気だ。お華さんは私が居候している剣術道場の師範の娘で何かと私の面倒を見てくれる。「お華さんはどうしてそんなに私の面倒を見てくれるのですか?」「それは…私が一方的に真之介様のことをお慕い申し上げているだけです。」顔を赤らめてお華さんは言った。まいったな。お華さんの気持ちは嬉しいが、私にはお華さんのことは妹のような存在としか考えられない。「あっ!もう!そんなことはいいのです!早く道場へ!父上がカンカンですよ!」やれやれ、私は渋々朝稽古へと向かった。


【第5話】
「遅いぞ真之介!」師範の北条万刻斎様の怒声が響く。「けっ!華乃様のお気に入りは呑気なもんだぜ!」師範代の佐々木夢之助が嫌味っぽく言う。夢之助はどうやらお華さんのことを好いているらしく、何かと私にちょっかいを出してくる。「みんな揃ったようだな。今日、みなに話しておきたい事がある。わしも大分歳を取った。そこでじゃ、真之介と夢之助よ。お前達のどちらかにこの道場を継いでもらおうと思う。そして娘を嫁にもらってくれんか。」…!?
何だって!私は今の気ままな生活に満足している。それにお華さんの気持ちだって…。と、お華さんの方へ目をやると満更でもなさそうだ。むしろ熱い眼差しを私に向けている。


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【月刊シブリージュからのお知らせ】
作者急病のため、『無論!乙女主義』の連載を休止致します。

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