夢小説
□にほふばかりの桜襲
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「頼んだぞ、陸遜」
城下で行方不明者が続出しているらしい。
その調査に行くように殿に言われたのは今日の朝。
この前の戦の報告書を書かなければいけないのに、と思ったが、呂蒙殿も亡くなられてきっと軍師が私しか居ないのだろうと、そう考える事にして承諾した。
甘寧殿と凌統殿に聞き込みをしてもらい、今は怪しい人影を見たという情報が続出した蜀と呉の国境付近にある森へ凌統殿と向かっている。
「良かったんですか、甘寧を置いてきて。認めたく無いですけど、多分あいつのが強いですよ」
「いいんです。執務はしっかり終わらせてもらわないと困りますから。それより、まだ着かないのですか?」
「いや、たしかここら辺……。」
私と凌統殿は馬を降りると、もうすっかり暗くなってよく見えない森の中に歩き出す。
勿論、道なんて無くて、本当にこんな所に人が来るのだろうかと考えていると物音が聞こえた。
「凌統殿、」
目を向けると凌統殿も気づいたらしく、無言で頷いた。
しばらくすると、ずずっ、と何かを引き摺っているような音と共に人影が現れる。
ばれないようにそれを追うと、草の無い、広場のような場所に出た。
そして、その人影は一際目立つ大きな木の根本に穴を掘りはじめる。
「あれは……」
月明かりで見えた人影はきっと私くらいか、もっと年下の女だった。
「まさか、女の子だとはねえ……」
「ですが、引き摺っているのは――」
彼女が引き摺っていたのは、自分よりも一回りも大きい男の死体だった。
「どうするんですか、陸遜殿」
「女とはいえ、あれを見る限り十中八九彼女が犯人でしょう。捕まえて事情を聞きます。ですが逃げられれると厄介ですね、恐らく彼女はこの森を私達より知っているでしょうから」
「じゃあどうするんだい?」
「そんなときこそ、凌統殿の出番でしょう」
そう言って凌統殿の方を向くと、苦笑をして立ち上がる。
私もそれに続いて彼女に近寄った。
「ちょっといいかい?」
凌統殿が後ろから声をかけると、彼女は慌てて此方を向き、恐る恐る口を開いた。
『な、なんですか…』
「実は道に迷っちゃってね」
『町なら、此所を真っ直ぐ行けば着きます』
彼女は手短に答えると、また私達に背を向けた。
「もうひとつ聞きたいのですが」
今まで黙っていた私が口を開くと、彼女はさっきよりも肩を震わせた。
「最近城下で行方不明者が続出しているのですが…。貴女が犯人ですか?」
私がそう言った途端、彼女は予め持っていたのだろう、短剣を取り出すと私達に向けた。
が、凌統殿が直ぐに其を取り上げ、彼女を押さえ付ける。
『は、離してよ…!』
「でしたら、正直に答えてください。貴女が犯人ですよね」
私の問いに彼女はゆっくりと頷いた。
「では、なんでこんな…、殺しなんてしたんだって」
『去年は咲かなかったの、この桜。桜は死体があると咲くっていうから』
もしかしたら、捨て子なのだろうかと思っていると更に凌統殿が続けた。
「兄上?」
『あ、知らない?関平って言うんだけど…』
「関、平…。」
思わず呟いてしまった私に彼女は顔を向ける。
『知ってるの!?』
「関平って…。」
「ええ、よく知ってますよ。」
凌統殿の言葉を遮って言った私は彼女の持っていた剣を拾うと、それを彼女の首に当てた。
「話してくれて、ありがとうございました。お礼に、関平殿に合わせてあげます」
「陸遜殿……!」
『な、なにを…。』
怯えた顔で私を見る彼女に笑顔を向けて口を開いた。
「関平殿は、素晴らしい将でしたよ。最期まで、関羽殿の傍を離れませんでした。」
『まさか、』
「ええ、私の目の前で首をはねられましたよ」
「っ陸遜殿!」
凌統殿が止めるが気に留めず続ける。
「本当、関平殿さえ居なかったらどれだけ戦が楽だったか。関平殿に会いたいんですよね、私が会わせてあげます。」
そう言ってから、勢いよく剣を降り下ろす。
私は冷たくなった彼女の死体を持ち上げると、掘ってあった穴に埋めた。
「関平殿さえいなければ、きっと呂蒙殿も死なずにすんだでしょうね、凌統殿」
「陸遜殿……。」
「この桜、来年はきっと綺麗に咲くでしょう。そしたら私が綺麗に切ってあげますね」
だからどうか、永遠に苦しんでください
にほふばかりの桜襲
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