金色のコルダ

□開く距離
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「(…待って…)」



光の中に愛しいあなたの姿を見つける…。


あなたは後ろも振り向かず、光の向こうへ向かって歩いていく…。



「待って…!」



必死に呼びかけてもあなたは振り向かない。



…私の声が届いてないの…?


それとも…



あなたにとって私はどうでもいい存在なの…?



「待ってよ…っ!蓮くん!…置いていかないで…!」


あなたに追いつこうと必死に走り出す。



でも何故か距離は縮まらない。



苦しい…もう走れないよ…!



「蓮くん待って!…待って!」


手を伸ばす。



届かないと知りながら…。



「待って!」


香穂子はハッとなった。


突然視界に飛び込んできたのは、伸ばした腕と何かをつかもうとしている手と、


天井。



「…ゆ……め…?」


香穂子はそうつぶやいて、力なく腕をベッドに落とした。



のっそりと起きあがってみる。


ふとベッドの脇に置いてある目覚まし時計に目をやると、6時44分。


ピッ


45分にセットしてあったアラームがなり始める。


アラームを止めるボタンを手で押して、前髪をかきあげようとすると、額にすごい汗を書いている事に気づいた。



あんな夢を見たせいだ。


近くにあったタオルを手にとって無造作に汗を拭う。


ふうっとため息を一つ。


香穂子は支度をしに一階に下った。




「行ってきまーす。」

元気よく家の中へ声をかけて、ドアを閉めた。そして、道路の方を振り向く。その時香穂子の心臓がドキリとした。


「おはよう。香穂子。」

家の前にはいつものように蓮くんがいた。


「おはよう。蓮くん。」


香穂子は心の内を悟られないように、にっこり笑った。


「行こうか。」


月森は歩き出す。香穂子はおいて行かれないように、月森の側について歩き出した。



「そうだ。蓮くん、コンクール優勝おめでとう。メールは送ったけれど、ちゃんと言いたくて。」

香穂子は微笑んで月森に言った。


「ありがとう。優勝出来たのは君のおかげだ。」

月森は優しい顔をした。

月森の言葉に、香穂子は心がズキッと痛むのを感じた。


「違うよ…。蓮くんの実力だよ。」



暗い顔をした香穂子に、



「香穂子…?」


ずっと暗い顔のままの香穂子に声をかける。


すると、ハッとしたように顔をあげて、


「な…なんでもないよっ。」


と曖昧に笑った。



もちろんそんな君を俺が見逃す筈がない。


「なんでもない…ということは無いだろう。今日の君はどこか元気がないように見える。」


月森の言葉に香穂子の表情が強張った。


「何かあったのだろうか?」


月森は心配そうに香穂子の顔をじっと見た。


「ほっ本当に何もないよ。私、元気だよ。」


香穂子はわざとらしく元気そうに笑って、ガッツポーズをして見せた。


しかし、月森は更に怪訝そうな顔で香穂子を見る。



そんな時だった。



「おっ!月森じゃん。おーい月森!」


後ろの方から不意に声が聞こえてきた。


2人は振り返る。


「(あっ、あの人蓮くんのクラスで見たことある…。)」


その人は、月森のクラスメイトのようだ。


「月森。見たぜ。お前、あのコンクールで優勝したんだってな。」


クラスメイトはコンクールの話を始めた。


香穂子の胸がまたズキリと痛む。


「ああ。」


「やっぱスゲーなお前。おめでとう。」


「ありがとう。」



2人がそんなやりとりを始めると、もう学院に近づいてきたせいか、周りに学院生徒が増え、気づけばまわりでひそひそと月森のコンクールについて話をしているのが聞こえる。


「月森コンクール優勝おめでとう。」


通りすがる人々が月森に祝辞を述べる。


香穂子は改めて月森の凄さを痛感する。


と共に、自分との距離を改めて思い知らされる。


今は蓮くんの隣を歩いているかもしれない。


でも月森蓮という存在は、私の隣にいないんだ。



ずっと遠く…手の届かない所にいるんだ…。


香穂子は意図的に月森と少し距離を取った。しばらくそうして歩いていると、月森の手が、香穂子の手を捕らえた。


香穂子はびっくりして月森の方をみる。


すると


「行こう。」


月森はそう言って学院の校舎に向かって足早に歩き始めた。


「月森くん…!」


月森に話しかけていた女生徒がそんな月森に驚きの声を上げた。



「ちょっ…蓮くん…まだ話をしてたんじゃ…」


「折角の君との時間を邪魔されるのは気分が悪い。」


「でも…」


「いいんだ。俺は君との時間を大事にしたいんだ。祝辞など、君から貰えれば、それだけで十分だ。」


「蓮くん…。」


うれしい…。

そんな事を言ってくれるなんてすごくうれしい。


でも…そんな優しい言葉も今はなぜか罪悪感と共に降りかかる。



香穂子はそれきり黙り込んでしまった。



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