金色のコルダ
□お前にはかなわない
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いつも通りの昼下がり。
今日は購買でパンでも買おうと思い、エントランスへ。購買の前にはすでに人だかりができている。
香穂子は人だかりの後ろの方に立つと、なんとか前に行こうと隙間を探して四苦八苦する。
「キャー!」
香穂子が人だかりと格闘していると、後ろから女生徒の黄色い声が聞こえてきた。気にはなったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
香穂子ははじめは無視していた。だが…
そうはいかなくなった。
「柚木様ー!!」
それは、自分の恋人である、柚木先輩の名前だった。
その名に香穂子はバッと振り返る。
柚木の周りには購買の列と同じくらいの人だかりができている。
購買の前にいた女生徒も、いつの間にか柚木の取り巻きに加わり、気づけば列が減っていた。
香穂子は向こうの人だかりを複雑な気持ちで見ていると、
「香穂ちゃん。」
と隣から誰かが声を掛けてきた。
振り向くとそこには、いつものようににっこりと笑った火原先輩がいた。
「火原先輩。」
「香穂ちゃんは、パンを買いに来たの?」
「はい。」
「オレもだよ。今日は授業が長引いちゃってさー、きっと人がいっぱいいるだろうなーって言ったら、柚木が一緒に来てくれて、案の定、柚木のおかげで列がすいたね。」
購買の方へ目を向けて、火原は言う。香穂子はちょっと見た後、再び柚木の人だかりの方を見て、
「そうですね…。さすが柚木先輩です。」
そう言って笑った。
しかしその顔はとても複雑そうに見えた。
二人の番が回ってきて、二人はパンを買う。
それから振り返って、また柚木先輩の方を見てみた。
柚木先輩はまだ女生徒に囲まれている。
遠くから見ていても、柚木の対応は、優雅で美しく完璧だ。
「ねえ、香穂ちゃん。やっぱりさ、彼女としてああいうのって複雑なの?」
火原が興味ありげに、また心配うそうに聞いてきた。
香穂子は少し押し黙った後、
「まあ最初から、あんなカンジでしたからね…。確かに複雑な気持ちにはなりますけど…もう仕方ないなって思います。」
と苦笑した。
火原は少しうーんと首をひねり、
「そっか…。でもさ、それなら言ってみればいいんじゃない?」
と言った。
「何を…ですか?」
「ホラ、柚木に、あんまり他の人にニコニコしないでって。」
火原の言葉に香穂子は面食らった。
次いで赤面した。
「そ…っそんなこと言えるわけないじゃないですか…!」
いくら付き合ってるとはいえ、決して柚木先輩は自分のものではない。
それに、柚木先輩と二人きりの時は、先輩は、私に対して、あんな笑い方はしない。
「二人で一体何の話をしてるんだい?」
二人がそんな話をしていると、いつの間にか、柚木が側まできていた。
「柚木先輩!」
香穂子は驚いた顔をした。
「やあ。日野さん。」
柚木は、にこっと笑った。
…まだ表モードだ。
「なぁなぁ柚木。香穂ちゃんがね柚木に…」
火原がそこまで言ったときだった。
香穂子はバッと火原の口を手でふさいだ。
「日野さんがどうかしたの?」
柚木は不思議そうに首を傾げる。
「いやいや…!何でもないんです。ねっ火原先輩…!」
香穂子は必死に火原に念を送る。
それ以上言わないでください…!
「う…うんっ。なんでもないんだ。柚木気にしないで。」
二人はあはははと笑う。
明らかにおかしい。
が、柚木はとりあえず何でもなかったことにした。
「そうかい?ならいいのだけど…。」
柚木が追及をしてこなかったので、香穂子は胸をふうっと撫で下ろした。
…焦った…。
「そうだ。お二人とも、お昼はまだですよね?よければご一緒しませんか?」
とりあえず、香穂子は話題を変えようと、二人を誘ってみた。
しかしこれが、思わぬ方向に向かうこととなる。
「いいね。みんなで屋上で食べようか。」
火原は、笑顔で賛成した。
しかし、
「あっ…でもオレ、やっぱやめとくね。」
火原は苦笑いしていった。
「どうしてですか…?」
「だってせっかく二人きりになれるチャンスなのに、オレが邪魔しちゃ悪いじゃない。」
火原の言葉に香穂子は固まった。
「何言ってるんですか…。邪魔だなんて全然…!」
「いいのいいの。気にしないで。」
火原は笑顔で否定してくる。
純粋なる好意なのかもしれないけど…。
「(マズイ…。このままじゃ、柚木先輩と二人っきりに…。)」
香穂子は内心すごく焦った。
「いいんですよ。火原先輩も食べましょうよー。」
精一杯先輩に念を送る。
二人きりにしないでください…!
しかし、そんな思いは空しくついえた。
「いいんだよ。じゃあ、オレ行くね。」
火原は、元気よく手を振って颯爽とその場を後にした。
「火原も気を使ってくれたわけだし…仲良く二人で食べようか。ね?日野さん。」
呆然と立ち尽くす香穂子に柚木は笑顔で同意を求めた。
その笑顔に香穂子は背筋の冷える思いがした。
「そうですね…。」
香穂子は同意するしかなかった。
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