金色のコルダ
□喜びのハーモニー
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数日後。
昼休み、香穂子は授業が終わってすぐ、音楽科棟の月森の教室へ向かった。
ちょっとドキドキしながら教室を覗いてみると、机で授業の方付けをしている月森くんを見つけた。
クラスの人が気づいて声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
「あっ…月森くんに用があって…。呼んでもらえますか?」
「ちょっと待ってて下さい。」
クラスの人が月森くんを呼びに行ってくれた。
授業が終わったので教科書やノートを机にしまっていると、
「月森。」
不意に声をかけられた。
「なんだろうか。」
顔をあげ、返事をする。
「あのさ、ホラ…あの普通科のヴァイオリンの子がお前を呼んでるぞ。」
彼の言葉に月森は教室の入り口に目を向けた。
するとそこには肩身が狭そうに立っている日野がいた。
ドクン。
突如胸が高鳴った。
…何故…?
月森は自然と足早に香穂子の元へ歩き出していた。
「あっ。月森くん。ごめんね…。呼び出しちゃって…。」
香穂子はばつの悪そうな顔をした。
月森を呼び出した事への申し訳ない気持ちもあるだろうが、音楽科の生徒にじろじろ見られて居心地が悪いのだろう。
そんな香穂子を見て月森は、
「何か用事があるなら屋上へ行かないか?」
と香穂子を別の場所に誘った。
「えっ?」
香穂子は戸惑った。
「いや。今から昼食を取ろうと思っていたんだ。…良ければ君も一緒にどうかと…。食べながら話も出来る。」
「えっ!?」
おっ…お昼のお誘い…っ!?
月森くんから誘われるなんて思ってもみなかった。
「いや、君が迷惑なら無理にとは言わない。」
月森の言葉に香穂子は慌てて反論した。
「迷惑だなんて全然…!むしろ私が迷惑をかけているというか…っ」
「別に君のことを迷惑だとは思っていない。」
きっぱりと明言する月森に香穂子は顔が赤くなるのを感じた。
今まで迷惑がられているのだと思っていたから…。
なんだか嬉しい。
「じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらいます。」
香穂子は微笑んで答えた。
「じゃあ行こうか。」
月森は一旦机に戻り昼食を取り、それから2人で屋上へ向かった。
屋上の扉を開けると、そこには丁度誰もいなかった。
「誰もいないね。」
ベンチに腰掛けて、香穂子は言った。
言ってちょっと赤面した。
これって好きな人と2人っきりってことじゃない…!
「そうだな。これで周りを気にせず話せるだろう?」
月森もベンチに腰掛けながら香穂子にそう言った。
月森の言葉に香穂子は月森の顔を見た。
そっか…。
気を遣ってくれたんだ。
いつも冷たい態度ばかりだけれど、こういう優しい月森くんを知れば知るほど、月森くんが本当は良い人なんだって思う。
…月森くんの事を益々好きになる。
「気を遣わせちゃってごめんね。でもありがとう。」
香穂子は月森の優しさに素直な心でにっこりと笑った。
香穂子の笑顔に、月森は
「いや。俺も君に感謝しなければいけない。俺は普段1人で食べることが多いのだが、君が来てくれたおかげで、今日は有意義な昼休みとなりそうだ。」
そういって微笑んだ。
そして自然と微笑む自分に驚いた。
確かに俺は土浦や金沢先生が言うように印象の良い方ではない。
だが日野のその笑顔を見ると、つられる…というか、心が暖かくなるのだ。
一方月森の優しい笑顔に香穂子も驚いていた。
「(月森くんが…笑ってる…!わーっ!心臓が持たないよ…っ!)」
めったに見られない月森の表情に、香穂子は真っ赤になった。
今のは反則だ。
「じゃあそろそろ食べますか…っ!」
2人の間に沈黙が流れたので、それを断ち切るために、香穂子はいただきまーすとご飯を食べ始めた。
そんな香穂子を見て月森も食事をはじめた。
「ところで、今日君が教室に来た用事は何だ?」
月森の言葉にようやく香穂子は今日の本題を思い出した。
そうだ。幸せに浸っている場合じゃない。
「そうだった…!あのさ、月森くん、今週のどこか空いてる日ある?そろそろ合奏練習をしようかって話になって。」
香穂子がそう言うと、月森は少し考えてから、
「明日の放課後なら空いているが。」
と答えた。
「わかった。じゃああとでみんなに伝えておくね。」
香穂子はにっこり笑って手帳にスケジュールを書き始めた。
「練習は進んでいるのか…?」
月森の鋭い問いに、香穂子の指が止まった。
流石月森くん…。痛い所を突いてくる。
「うーん…まぁまぁってとこかな…。」
あははと香穂子は苦笑した。
今回の合奏曲はモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』だ。
前に一度月森くん、志水くん、王崎先輩と合奏をしたことがあるから、練習は大して苦にならなかった。
「(ただ…その時に月森くんと色々あったからなぁ…)」
魔法のヴァイオリン以外のヴァイオリンで弾いたらどの位弾けるのだろう…。
畏れはあったが、好奇心に打ち勝てず、弾いてしまった。
それを月森くんに見られて…
魔法のヴァイオリン以外弾けない事実から逃げようとしてた。そんな私に“音楽に対する姿勢”を問うた月森くん。
「(今考えると、今の私があるのはあの時の月森くんのおかげかな…。)」
「あの時の君は音楽に対して真剣に向き合っていなかった。だが今の君は違うだろう?コンクールから君は新たなことを得たはずだ。」
月森はゆっくりと瞑目する。
自分もそうだ。ただの通過点だと思っていたコンクールも、終わってみればたくさん学び、多くの物を得る事が出来た。
だが…何故だろう…。
俺のその得たたくさんの物の中にはいつも君の姿があった気がする。
気付けば君の音に…いや君自身に俺は影響されていた気がする。
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