pm11:30

タイムリミットまであと30分。このまま突っ走ればなんとか間に合うだろう。

あれから漸く敵頭と遭遇できたのが午前4時頃だった。相手は噂通りに幻術で対抗してきたが、元はといえばアスマ一人の任務だった仕事。2人でかかればいともあっさり落ちた。

今帰ろう直ぐ帰ろうと駄々をこねる俺にアスマはひらひらと手を振ると、
『俺ぁ処理班が来るまで待ってっからよ、お前先行け。イルカによろしくな。今度酒でも奢るって伝えとけ』
と言って送り出してくれた。ま、勿論俺も一緒に呑み行くけどね。2人きりでなんか行かせるものか。

走りに走り続けてやっとここまで来た。ちょっぴり残りのチャクラが心配だけど、里まで持ってくれる事を祈るしかない。
ずぅっと遠くに揺らめく赤い火が見える。大門の篝火だ。この火を見ると帰って来た事を実感するのだが、今日は何時もの何倍も嬉しさが込み上げる。
報告書はこの際全部アスマに任せよう。アイツの単独任務だった事を思えば当然だ。

(あぁ、イルカ先生。もうちょっとで帰ります!)

そこでハッと気が付いた。
「…どうしよう、俺プレゼント用意してないや…」
だってホントは一日2人で仕事を休み、一緒にショッピングや食事を楽しんで、その後はあんなコトやこんなコトをするつもりだったのだ。
中々欲しい物を言わないあの人を連れて、強引にプレゼントを決めようと思っていたのに。

(あーっ!俺のバカバカッ!どーすんだよ、ったく…)

今までの俺なら絶対こんなドジは踏まなかったのに…ホントにあの人の前だと俺は俺でいれなくなる。
それは多分、計算された打算的な付き合いではなく、素の自分で接しているからだろう。
俺にもこんな人間臭い一面があった事を、あの人は教えてくれる。

本当にあの人が好き。どうしようもないくらい好き。
こんな気持ち、あの人に会うまで知らなかった。

初めは何もかもが真逆で、相容れない相手だと思っていた。
だけど7班の子供達を通じて関わりを持つ内に、たまたま垣間見せた笑顔の裏の孤独を知り、どうしようもなく心が揺らいだ。
今まで自覚した事のない強い感情に、何か強力な術でも掛けられたのかと本気で悩んだりしたものだ。
過去の遊びで付き合っていた女達には感じた事のない熱。
あの人の前では、無駄に豊富なだけの経験なんて何の役にも立たない。この感情が何なのかをはっきりと自覚した後は、ただもう彼が欲しくて欲しくて仕方がなかった。
胸を焦がす熱に翻弄されるまま、たった一言、『好きです』と告げた。
真っ赤な顔で自分も好きだった、と言われた時は、嬉しすぎて頭がどうにかなるんじゃないかと思った。

人を好きになる事の嬉しさと苦しさ。
そして自分がこの里を守り、戦い続ける事の理由を、あの人は教えてくれた。
人を殺める事しか出来ない人の形をした化け物だと思っていた自分を、血の通う、感情ある人間なんだと思い出させてくれた人。

俺にとって存在そのものが奇跡の様なあの人が、26年前この世に生を受けた5月26日という日に、どうしても伝えたい言葉がある。
プレゼントの事はきちんと謝って、次の休みに買いに行こう。実はプレゼントしたいものは当の昔に決めているのだ。


門に書かれた文字がはっきりと読める距離まできた。
残り時間はあと25分。
門からイルカ先生の家までは歩いて20分程だから、このままのスピードで行けば絶対に間に合うはず。そう確信して足を止めた。
確か、この辺りには姫百合の自生している場所があったはずだ。
少し探して薄いピンク色をした小振りの姫百合を見つけ、数本を手にまた走り出した。


* * * *


風呂上がりのビールを飲み終えて、ベッドに転がりながらナルトとサスケがくれたぬいぐるみを手に取る。
「ぷぷっ…アイツら、どっからこんなの買ってきたんだ?」
多分、選んだのはナルトだろう。とてもサスケがぬいぐるみを選ぶとは思えない。
サクラがくれた花束は、花瓶に移してテーブルの上に飾った。

26日が終わるまで、あと15分。
一人で過ごすはずだった誕生日は、元教え子達のお陰で思いの外楽しい一日となった。

(一番会いたい人には会えなかったけれど…)

今頃、どうしているだろう。怪我などしていないだろうか。
やっぱり、一緒にいたかったな。
「カカシさん…」

「はーい、ただーいま」

聞こえるはずのない声に飛び起きると、開け放していた窓にカカシ先生が立っていた。
「カカシ先生ッ?!ほっ、ホンモノ?!」
「ホンモノですよぅ、嫌だなぁ。それよりイルカ先生、もう時間がありません。急いで出掛けましょう」
「えぇっ?!出掛けるってドコに?!」

カカシさんに抱き抱えられると、俺のサンダルを引っ掴んで窓から飛び出した。
訳が分からないまま、過ぎ去っていく景色の速さに上忍スピードってスゴイんだなぁボケたことを考えていたら突然下ろされ、見慣れた景色に目を見開いた。
「ここって…」

着いた先は、慰霊碑の前だった。

「間に合ったーっ!はぁぁ、間に合わなかったらどうしようかと思いましたよ」
珍しくカカシさんが息を切らしている。大人の男を抱えたまま、あのスピードで移動したのだから当然だろう。それに、帰還の時だって走り通しだったに違いない。
だけど、ここに連れて来られた意味が分からなくて困惑してしまう。

「カカシさん、どうしてここに?」
「イルカ先生のお誕生日に、どうしても伝えたい事があったんです」

伝えたい事…?慰霊碑の前でないと駄目な事なんだろうか。
「イルカ先生にも聞いていて欲しくてね」
「はぁ…」

スッと慰霊碑の前に立つと、手にしていた花を手向ける。あれは姫百合の花だろうか。
慰霊碑に刻まれた名前を辿り、ふと指が止まった。

そこに刻まれていたのは、俺の両親の名前だった。

「貴方達がこの里で出会い、愛し合って、26年前の今日うみのイルカという人に生を与えて下さった事、心から感謝致します。本当に有難う御座いました」
良く通る低く優しい声でそう言って振り返ると、にっこりと微笑んで俺の手を取り、言葉を続ける。

「これからは私はたけカカシが、貴方達の大切な息子さんを幸せにします。どうか、天国で見守っていて下さい」
言い終えると、深く頭を下げた。

カカシ先生の言葉に、思わず涙が零れる。この人は俺の両親に礼が言いたくて、遠い任地から走り続けて来てくれたのか?
余りの嬉しさに握る指に力を込めた。

顔を上げたカカシさんは俺の涙を拭いながら口付けを落とすと、穏やかな笑顔で「イルカ先生、お誕生日おめでとう!2人で幸せになりましょうね」と言ってくれた。


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