人は決して一人では生きていけないから
貴方の傍には、僕が出来るだけ居てあげよう

だから、僕の傍にも貴方に居て欲しい
互いに忍同士、たとえ短い命だとしても



□□雨のち虹色□□


初めて彼を見たのは、雨の日の慰霊碑の前だった。
里では余り見かけない銀色の髪が雨の雫をのせて、淡い光を放っている様に見えた。

ただじっと立ち続ける彼の表情は覆われた口布のせいで伺う事は出来なかったけれど、何故かぎゅうと胸が締め付けられる痛みに、心が泣いた。
そこに立つ彼の悲しみが伝染したかの様に後から後から涙が頬を伝い、止めることが出来なかった。

深い深い悲しみの色。見てはいけないとう思うのに、彼の纏う孤独の色に目が離せない。
声を掛けるには余りに孤高な、銀色の光。

自分がそこに居るのを気付いていたのかいないのか、彼は一度もこちらを見ることは無いまま、風に乗って消えてしまった。


二度目は、教え子だった問題児の下忍認定の時だった。
『合格合格っ!!』と纏わり付く子供の後ろから苦笑いと共に差し出された手の温もりに、あの雨の日とは違う、暖かな感情が流れ込んだ。
同時に、あの銀色の男がかの有名な『写輪眼のカカシ』だったと知って酷く驚きを覚えた。

暗部上がりだとも言われる彼に付き纏う噂はどれも冷酷かつ血生臭いものばかりで、慰霊碑の前に立ち故人を悼む様な人間にはとても思えなかったからだ。
同年代の忍の中でまるでテレビのヒーローの様に語られてきたその人は、意外にも普通の感覚を持った普通の男だった。


それ以降は顔を合わせる度にどちらかとも無く誘い合う様になり、今では互いの家を行き来する程の仲である。

友人とも言い難い様な不思議な繋がりではあったけれど、子供達の様子や里の今後について、はたまた大人同士の下卑た会話だったりと
穏やかで話し上手なカカシと共に過ごす時間は、イルカにとって何物にも代え難い大切なものになっていた。


ただ、初めて彼を見掛けた日の事は一度も話さないまま。
あの日カカシから感じた深い孤独は、あれ以来一切感じる事がなかったからだ。

いつでもその秀麗な顔にほんわりと笑顔を乗せて穏やかな空気を纏う彼に、あの時の男とは別人なんじゃないかとさえ思う程、寂しさの色は見られなかった。



「おう、イルカ。元気でせんせーやってっか?」
アカデミーでの仕事を終え、受付所が混雑するまでの一時をお茶を啜りつつのんびりと過ごしていたら、報告書を手にしたアスマに声を掛けられた。
「お疲れ様ですアスマ先生。10班は今上がりですか?」

カカシと同じく自分の元教え子の上司である彼は、三代目火影の息子という事もありイルカが子供の頃から面識のある里の上忍だ。

「まぁな。ほんっとアイツらはめんどくせーしか言わなくて参っちまうぜ」
子供達が口にするその言葉は、実は今文句を垂れてる男の口癖だという事を本人は気付いていないらしい。

生意気盛りな子供達を想像して苦笑を浮かべながら、手渡された報告書に目を通す。
「あの年頃の子は口ばっかり達者ですからね。カカシさんとこも毎日大変だっていつもぼやいてますよ」
「そう!それだ。お前、カカシの奴と随分仲が良いんだってなぁ。上忍の間じゃカカシとお前の間に何が起きてんのかって随分と話題だぜ?」

「何ですかそれ」
アスマの唐突な言葉に思わずきょとんとしてしまう。
確かカカシとアスマだって仲が良い筈だ。なのに何故自分との事だけが話題に上るのか?

「アイツ、お前の家まで行ってるっていうじゃねーか。今までは絶対そんな事しねぇ奴だったからよ、どんな手で手懐けたのか聞いてみたかったんだよ」

手懐けるって、犬じゃあるまいし。
第一、最初に俺の家に来たいと言い出したのはカカシの方だし、俺を彼の家に迎え入れてくれた時だって何の抵抗もなかった様に見えた。
自然と酒の席を共にする様になって、中忍の財布を気にしてかそのまま家を行き来する様になっただけ。
自分達の付き合いに不自然な所など何も無い様に思えるのに、上忍の間では青天の霹靂の如く噂されているのだという。

「別に特別な事は何も無い様に思えるんですが…」
困惑したまま答えると、アスマはにまにまと意地の悪そうな顔をした。
「アイツが任務以外で他人と関わるなんざ、今まで一度もなかったんだぜ。それなのに三日と置かずお前とつるんでるって言うじゃねぇか」
「そう、なんですか?」

いつも人当たりの良い穏やかな表情を浮かべているあの人が、人との関わりを避けている?

余りの驚きに思わず判を押す手が止まる。
「ま、アイツも生半可な人生送ってきてねぇからな。待機所にいても誰も寄せ付けないオーラ出しやがってロクに声も掛けられねぇ。だからよ、お前相当気に入られたんだな」
「はぁ…」

曖昧に別れの挨拶を交わし、ぼんやりとその後の仕事を続けた。
頭を占めるのは先程のアスマとの会話。
自分が普段顔を合わすのとはまるで別の、もう一人のカカシがいる。

―それは多分あの雨の日と同じ、孤独の色をしたあの人に違いない。

どちらが本当のカカシなのだろう?
どうして自分の前でだけ違う表情を見せるのか?
考えれば考える程、カカシという男が分からなくなっていった。



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