「これで良し、っと」

アカデミーは夏休みに入り、普段は里に常駐している教師達も長期休暇の間は他の忍と同じく任務に出る。
イルカもその例に漏れず、明日から暫く川の国まで大名に宛てた書簡を届ける任務に就く事となっていた。

『いいかい、伝書鳩の様な仕事と言えども任務は任務だ。巻物を狙う輩がいるかもしれないし、途中で賊に襲われる事が無いとも限らない。
里の外に出るのは久し振りだろうが、気を抜くんじゃないよ』

昼間五代目に言われた言葉を思い出す。
確かに、前に里外任務へ出たのはもう随分前の事である。
しかし自分とて忍の端くれ。
鍛錬はそれなりにこなしているし、今回はツーマンセルであたるのだから特に問題はないだろう。

粗方持っていく物はリュックに詰め終えて、後は研師に出している忍具を受け取ってくるだけ。

カカシは今も戦地で戦っているはずだ。こんなCランク程度の任務で失敗していては合わせる顔が無い。
多少緊張はするけれど、己に流れる忍の血故か同じだけの興奮も覚えていて、今夜は上手く寝付けそうになかった。


――――


翌日、同じアカデミーでの同僚であるキノトと連れ立って里を出た。
川の国までは中忍である自分達の足で片道4日の行程。

旅は何の問題も起きることなく順調に進み、あと半日で到着という所まで辿り着いた。


「少し休憩しようぜ」

木立の合間にぽっかりと浮かぶ湖の側に降り立ち、草むらに腰を下ろす。
夏の日差しは容赦なく照り付け、汗を含んだ忍服はずしりと重くなった様だ。

惹かれるように湖へと歩み寄り手を差し入れると、ひんやりとした感触が心地良かった。

「水浴びでもすっかな」
「やめとけやめとけ。どうせすぐ汗だくになるんだし、あと半日もすれば雨隠れで宿にも入れるだろ」
「それもそうだな」


膝まで浸かった足を引き上げようとして、ふいに感じた気配に動きを止めた。

「―ッ、イルカ!」
「あぁ…何かいるな」

キノトと背中合わせに武器を構え、気配を探る。
明らかに敵意を含んだ気配に、クナイを握る手に力が入った。

「クククク…俺達の気配に気が付くとは、木ノ葉の中忍も中々やるようだなァ…」
声のする方向に視線を向けると数人の忍がこちらを見据えていた。

「その額宛て、雨隠れの忍か」
「今は奉公する身じゃあないがこれでも一応里に敬意を表しているんでね、額宛ては外してないのさ。さぁ悪い事は言わない。その書簡をこちらへ渡せ」


キンと張る空気。
他の忍は大した事がなさそうだが、先程から話している敵の頭と思われる男は自分達よりも少々レベルが上か。

「これは唯の伝達書だ。お前が思っているような重要な内容ではないぞ」
「木ノ葉にとっては重要じゃなくても、こちらにとっては大名なんぞに渡って貰っちゃ困るものなのさ。死にたくなければ早く渡しなッ」

一斉に無数の火の玉がこちらへ向かって飛んでくる。
2人でそれを避けながら作戦に頭を巡らせた。

(3、4…5人。火遁を使ってくるって事は、巻物が燃えてしまっても構わないという事か。書状を持っているのはキノトだ。最悪キノトだけでも逃がさなければ…!)

誰かに狙われる程の重要書類だったとは聞いていないが、雨隠れは未だ謎の多い里。木ノ葉に入って来なかった情報の一つなのだろう。
それほどまでの書簡ならば、尚更ここで奪われる訳にはいかない。

(ここは湖のほとりだ。ここなら大技もなんとか決められるだろう)

「ここは俺が術で食い止める!お前はその隙に急いで雨隠れへ向かえ!」
「しかしっ!!」
「いいからっ!」

お互い応戦しながら声を張り上げる。
久し振りの戦闘で上がる息に、日頃の鍛錬の足りなさを痛感した。

(カカシさんはいっつもこんな事やってんのか…やっぱ上忍ってのはすげぇな)


「何ギャアギャア言ってやがんだっ大人しく書簡を渡せッ!火遁・灰積焼ッッ!」

そこら中で起こる爆発を辛うじて避け一旦湖の中まで退くと、素早く印を組みチャクラを最大まで練り上げる。

「水遁・大瀑布の術ッ!!」

大きな水の壁がまるで意思を持つかの如く敵の忍を飲み込み、辺りを濁流が覆い尽くした。
「ぐあぁッッ!!」
「行けっ!キノトッ!」

「させるかぁッ!!」
刹那、敵の頭が水中から飛び出しキノトへと切り掛かる。

「キノトッ!!」

瞬身でキノトの前に立ち塞がると、残り少ないチャクラを全て練り上げた。

(間に合えっ!!)
「水遁・水牙弾ッッ!!」
ズシャァァッッ

敵の刀に肉を裂かれる鋭い痛みが左肩から胸へと走り、受身も取れず下へ叩きつけられる。
相手は術を正面から喰らって木っ端微塵になっていた。

「イルカァッ!!」
「キノト…っ、無事か…」
「イルカッ、傷がっ」
「早く…書、簡を…」
「イルカッ!イルカッ…!」

受けた傷から血が止め処なく流れるのが感覚の鈍くなった身体にも分かる。

立て続けに繰り出した大技のせいでチャクラ切れを起こしている様で、指一本動かす事さえ叶わなかった。
止まらない出血と今まで感じた事のない疲労感に叫ぶキノトの声が段々と遠退いて行く。


(情けねぇ…意識が…)

(カカシさん…ごめんなさい…)

薄れゆく意識の中瞼の裏に浮かんだのは、今も何処かで戦っている愛しい人の優しい笑顔だった――


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