ぼくたちの、かあちゃん

□ぼくたちの、かあちゃん (14)
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「名前ー!」

「ん…?」



都会のムシムシした暑さと違って、田舎ってこんなに涼しいんだ、快適ー。
左門と三之助の横で扇風機の風を浴びながら、気持ち良くうとうとと寝ていると遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
うわ、まだ連絡してないのに。
もう少し寝ていたいけど、仕方なく起き上がる。
…だって、寝ていたら叩き起こされるのは確定なんだもん。



「あ、勝手にお邪魔します名前のおばさん!これ!今朝とったんで!少しだけど!」

「あら、また色々持ってきてくれたの?いつもごめんね」

「まーそれほどでも!」



人の家なのに、スパァン!と遠慮なく勢いをつけて戸を開け現れたのは……
やっぱり、ムスっとした顔をしている小平太だった。



「名前!」

「小平太、…ひさしぶり」



怒ってることには敢えて触れないで、挨拶をするとズカズカとこっちに近付いてくる小平太。
私たちが地元に帰ってきてるって、長次からでも聞いたのかな。



「まったく!長次から聞いたぞ!帰ってきたこと、なぜ私に連絡しない!」

「だって、小平太寝てるから悪いと思って」



小平太は、父親の後を継いで地元の漁師になった。
漁師は夜中から朝まで漁にでかけなきゃいけないから大変なんだぞ、って言ってたのは小平太じゃんか。
それなのに、そんなこと関係ないだろう!と言ってまた怒りながら
左門と三之助なんてそっちのけで私の目の前に胡坐をかいて座りこむ小平太。
やっぱり小平太に教えたのは長次だったか…、長次もマメな男だなあ。



「連絡もぜんぜん返してくれないし!私はお前のなんなんだ!」

「…幼馴染み?」

「だから!そーじゃなくて!もー!!」



真剣な小平太の眼差しが暑苦しくて、うーっと嫌そうに顔をしかめる。
その態度が気に障ってか前屈みになって一層興奮して私に近付いてくる小平太。
そんな小平太に向かって、そう正直に答えた。
私の答えを聞いて納得いかないのか、なんで分かんないんだ!と頭をガシガシと掻きむしっている。
あーそのクセ、変わらないな、小平太も。



「…心配、してた。」

「ご、ごめん、小平太、…元気だったよ。」



急に怒るのを止めて、しゅんと怒られた犬のようにしょんぼりしてそう言った小平太。
確かに小平太から毎朝送られてくる熱烈な連絡を返さなかったのは私だしな…。
自分のしたことを少し反省してごめんね、と落ち込む小平太の頭を撫でる。



「ならいいんだ!名前、待ってたぞ!会いたかった!」



顔をあげてニカッと八重歯を見せて嬉しそうに笑ってる小平太。
嬉しさのあまりか、何故かガバッと両手を広げて抱きつかれた。
うう、非常に暑苦しい…なんだか大きな犬みたい。
でも、今の小平太にやめてと言うのはあんまりにも可哀相だったので
自分の気持ちを落ち着けて、仕方なくその大きな背中を優しくポンポンと叩いた。



「こ、小平太、あの、暑いんだけど…」

「そんなこと気にするな!会えなかったぶん!するの!」



小平太からしたら精一杯の友情の証のハグなんだろうけど…そろそろ離して欲しいな。
でも、きっと寂しかったんだろうな、小平太ごめんね。
うるさいし面倒くさいときが多いけど、…昔からどこか憎めないんだよね。
漁師の仕事があるから地元から離れられなくて、私が東京にでることを一番反対していたのは小平太だった。
そんな小平太の言うことなんか聞かないで、東京に引っ越すことに決めて
最後の最後までいやだいやだと言いながら見送られるときに
駅のホームでぎゅっと抱きしめられたときは仕方なく、抱きしめ返してあげたことを思い出す。
…最初から会いたいから帰って来いって言えばいいのにね、そしたら頑張って会いにくるのに。
小平太なりに気を遣っているのかな。



「かあちゃんうるさいぞー!って、あー!」

「ふああ、誰か来たのかー?」

「お!久しぶりだなオマエ達!元気にしてたか?」

「げ、…げんき」










「何だこれー!ぎゃー!気持ちわるいー!」

「うわッ、生きてるー!こっち見てるぞ!すごい!かあちゃん!!」

「わはは!!凄いだろ!これがウマイいんだぞ!」



自分が捕ってきたタコとかエビとかナマコとか見たことない魚とかを、左門と三之助に誇らしげに見せている小平太。
都会では見る機会がないそれを、へっぴり腰で恐る恐る見る三之助と
キラキラと好奇心にあふれた眼差しで見つめる左門。
小平太も自分が捕ってきたものを自慢できて嬉しそう。



「名前ー!左門も三之助も元気そうだな!安心した!」

「まあね、小平太も変わんないね」

「ん?変わらんが。」

「おっきい子供みたい。」

「立派な大人だ!」



その証拠にココも大人になった!と言って下半身を指差す小平太。
そんな小平太を見てどこがどこがー、と食いつく左門と三之助。
…ねえ、ヤメテ、私の可愛い子供たちにそんなこと言うのは。
とっても教育に悪いんだけど。
呆れてため息をつく私の横に、ダダダッとかけよって来たかと思えばストンと座る小平太。
ねえ本当に暑いから離れて、と言おうと口を開こうとしたら小平太が私の目を真剣に見ていた。



「………なに」

「名前、」



きっとこれは、あのセリフだなと感じ取った。




「……私のところに来る気になったか」

「ばーか。」



…やっぱりまた、その口説き文句か。
小平太ってば、飽きないな。
私はバカじゃない!と眉をぎゅっと寄せて反論しようとしている小平太。



「ならないよ。だって、さ…」

「だって、なんだ」

「小平太のおじさんに怒られちゃうし」

「…………そんなこと気にするな。」



小平太のいつもより小さな声。
周りで鳴いている蝉の声がやたらうるさく聞こえた。
昔と変わらない、懐かしい蝉の声。
あの時は、本当に小平太とこうやって話ができるようになるなんて、思わなかったな。





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元気いっぱいの小平太、大好きです
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